西条公威(さいじょう きみたけ)


1992年「小説JUNE」(6月号) 同人誌ピックアップ『鋼鉄都市破壊指令』で商業誌に初登場。
商業誌では調教物が多いが、同人サークル『自己破壊マシン』では人間の深奥にある闇の部分を抉るような、味わいの異なる作品が多いように思う。個人的にはそちらの方が私の好み。
代表作として『恋をするのはおうちの事情』『夜には凍る道』『Spell.e.s.シリーズ』など。


■ 殺人音楽






殺人音楽 (『殺人音楽』収録 1996年 芳文社)

「帰りたいんじゃない。……僕は早く産まれたいんだ」

MOMOタロ様からのリクエスト作品です

内容
同人誌で発表されていたスペル・イー・エスのシリーズ商業誌書き下ろし作品。
バイセクシャルでリバーシブルなエスは不完全なものや壊れたものを専門に撮る、自らも壊れたカメラマンだ。アンダーグランドな世界を求めるエスに近づいてくる被写体も、当然ながらどこか尋常でない。

半陰陽のナルとの情事のときに、エスは「殺されたい子供が客を引いている」という噂を聞く。
殺されたい子供――そのフレーズは陰惨な過去を持つエスの深奥に触れた。
その子供とやらを探してたどり着いた廃工場で、エスはルリドとの快楽を買う。
それを商売としているとは思えない、たどたどしいSEX。だがルリドの性癖は、その最中に首を締められることをエクスタシーとする危うい行為だった。犯罪者になりうる綱渡りのような行為にエスもまた、深い悦楽を覚える。
数日後、エスはカモフラージュがわりに連立って来たナルとの情事に耽りながら、男に抱かれるルリドにカメラを向ける。レンズの向こうで繰り広げられるルリドの行為に意識を重ねながら、エスはシャッターを切り続けた。やがてレンズを通してエスは、「殺されたい」ルリドの願いが叶ったことを知るのだった。


書評
「殺人」と「音楽」という、見慣れた単語が組み合わされた途端に与える強烈なインパクトにシビレちゃったのが、購入の決め手だった。だがこの作品は、私にとってある意味難解でもあった。
それというのも、たとえば、作品と自分の中にある何かしらの接点、精神的接触があって、感情移入したり共感したり、または嫌悪したりという感情(感想)となるのだと思うのだけど、触れそうで触れられない、掴めそうなのにするりと逃げられてしまうような、何とももどかしいものが私の中にある。
西条作品の、狂気を孕む肉体的蹂躙がやがて精神的支配にいたるまでを描く、いわゆる調教物や、寂しい人間同士が肉体的接触で暖を取り合うような、もの哀しい擬似家族を描いた作品がメジャーだと思われるが、この作品は何とも手触りが異なるのだ。それでいて妙に惹き付ける魅力があって、その謎解をしたいものである……ちょっと弱腰(笑)。

さて、この作品は三人称で書かれているのだが、その視点はエスにある。そして視点に位置するはずのエスが、自身をも第三者的視点まで突き放したところにいることが、ストーリーに独特の浮遊感を与えている。西条氏の後書きに「自己満足で自己完結なシリーズ」とあるが、その徹底的に突き放した視点は、もしかしたら氏の思惑を超えて、エスの感情や感覚をより一層読者に引き寄せているのではないだろうか。

スペル・イー・エスは自分の名前を捨てたことで、過去の呪縛から解放された。だがそれは他者のみならず、自分自身をも捨て去ることでもあった。
ポルノチックなSEX描写や、ある種無残な精神崩壊、そして闇に生きる住人たちの哀切な心理描写――西条氏はベクトルの異なる三つの要素をなんなく融合させてしまったといえるだろう。
その接着剤として使用されているのが、エスの荒涼と乾いた視線である。

「死の恐怖が俺の生になる」と語るルリドは、快楽の頂点に死を間近に感じることでしか「生」を意識できない。

自分の痛みさえまるで他人のもののように思うのか、それとも痛みとして判断する
ことこそが苦痛なのか。

無邪気に、無防備に、ルリドは死を望む――「産まれる」ために。死んで産まれてしまったために失った「生」を取り戻すために。
そしてエスは憧憬にも似た視線で彼を見つめる。

全く一つとして同じものなどないように、様々あって当然だ。
エスは否定してはいけない自分を知っているから誰も否定することもない。
ただ受け入れるだけだ。

ナルと交情しながら、生と死の間際の危うさを凝視し、冷静にシャッターを切り続けるエス。
哀しくて、寒々しいシーンだ。そこには、見てはいけないものが詰まった箱を開けるときにも似た、微妙に愉悦の混じった不安がある。
おぞましいもの、深刻なもの、陰惨なものをただ見つめる視線。それがこの作品を、そしてシリーズ全体を満たす暗い何かなのだ。

本書にはこの「殺人音楽」のほかに、「精霊憑き」「THREE ORANGES KISSES FROM KAZAN」「Fingered」のSpell.e.sシリーズと他2作品が収録されているが、残念ながら絶版。その他の「スペル・イー・エス」シリーズ単行本未収録分は、西条先生のHP「第8病棟」の「SPELL E.S.」コーナーに掲載されいる。
また、2002年10月発行の『鋭利な刃物』は、同人誌で書かれたSpell.e.s.シリーズを収録。同人作品だけあって、エロも人体破壊の描写もますます冴えている。
ヒューマニズムやモラルだって? そんなもんなぞ軽ーくふっ飛ばした、饒舌でポップでダークな世界が過剰に素敵にてんこ盛り。壊れた世界に興味を持つ人にはたまらない作品集である。
自己破壊マシンweb「第8病棟」 http://www.h3.dion.ne.jp/~cell8/








佐倉朱里(さくら あかり)


BL雑誌をほとんど読まない上に、デビュー作とのことで、なにも分らない…。誕生日や血液型を知ってもなぁ……てことで、ごめんなさい。ご紹介できる資料を入手したら更新します(汗)。


■ 月と茉莉花






月と茉莉花 (2003年 幻冬舎 リンクスロマンス)

「……あなたはひどい人です……」


内容
「切なくも甘い、魂を揺さぶる感動の歴史ロマン」というか、中華風世界を背景に描かれたロマンス。
エン国太子の煬大牙は、自国を裏切った国「湘」を滅ぼし、湘の第一公子を捕虜にする。
公子は盲目のため、湘王である父に廃嫡とされ、名も付けられず、存在すらうち捨てられて北の離宮に幽閉されていた。それでも潔く「湘」と運命を共にしようとするが、500ほど暗記しているという戦火で失われた書を筆記させるのを条件に、命を永らえる。だが、美しく儚げな公子に、大牙はいつしか惹かれ始める。(※エンは王偏に炎だけどパソに打ち込めない…)


書評
誰もが知るように、恋はいつでも落雷のようなもの。それには打つ手なんてないし、王様だろうと小市民だろうと、教養があろうとなかろうと、分別なんてどこかへ飛んでいってしまう。
そんな激しい恋愛を、佐倉氏は湧き水の中に火照った足を浸しているような、静かな情調を立ちのぼらせて描写している。
盲目のため亡国の廃嫡され、陰のように生きてきた公子と、新興の国の王として、力強く傲慢で炎のような太子。立場も性格も正反対の二人が、ゆっくりと心を寄せていく様子がいとおしく思えてくるような魅力的な展開で、上質なラブロマンスに仕上がっている。
新人さんということだが、しっとりとした文体で引き込まれ、品のよい筆致なのでうっかりするけど、情交シーンがなんとも官能的。

同性であることに本人も周囲も大して懊悩はなく、JUNEというより今風のBLだと思うが、私の好みの切ない系の話なので、私的には久しぶりに堪能できた――このところ外しまくっていたし(笑)。続編を期待したいところだが、そうなると、たとえば後継を残さねばならない一国の太子が同性を娶るわけにもいかず、したがって二人には厳しい環境が待ち構えるはずだし、身体だけでなく、心も深く寄り添わせた恋の先には何があるのか、というところまで掘り下げて、前途多難な恋愛模様を描いてほしいなぁ。筆力がある作家さんだから、つい期待してしまう。
なにか胸がキュンとなるようなBLはないかしらん、という方にお薦めの、久しぶりに(こればっかり)次回作が楽しみな作家さんである。



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