花郎藤子(はないらつ ふじこ)


同人界で熱心なファンを持つも、意外にも商業誌デビューは1992年と遅い。
1984年〜1987年に同人誌で発表され、その集大成ともいえる「恐怖の男たち」(通称レ・ザフルー)でデビュー。戦場を渡り歩く傭兵たちをハードに壮大なスケールで描き出した作品はJUNEという分野に可能性を広げたのではないだろうか。
作品に共通して、その底辺には人間の孤独感が流れている。そして、たとえ相手に求められなくても、自らの意思をもって誰かを愛することで孤独は救われる。
それ故「愛」イコールSEXとはならないあたり、「愛されたい症候群」が蔓延するBL小説とは一線を画している。
ハードボイルドな世界は氏の独壇場であるが、ライトな学園物ではコミカルに楽しませてくれる。一言でいえば「すごい作家」である。
代表作は「恐怖の男たち」「ヴィヴィアン」「黒羽と鵙目」など。私個人としてはハンサムなエリート軍人と美貌のスナイパーのストイックな愛を描いた「オーディンの三つ子」が一番好き。











禽獣の系譜 1992年白泉社(のちに花丸ノベルズ)


「俺より、独りがいいのか……?」


内容
極道JUNEという特殊な男世界を描いた作品である。
北日本を支配する木賊(とくさ)組の組長の一人息子 木賊烈は、おとなしく、暴力を嫌う17歳の少年だ。組の後継者として期待する父と、気弱さゆえにますます萎縮してしまう烈。それゆえ烈は孤独だった。
だが突然の父の死によって、跡目をめぐる義母との確執や内部抗争が起こる。重責に潰されそうな烈の支えとなるのが、烈が思慕を抱く組の若頭 黒羽周次の存在だった。

内部抗争は苛烈さを増して幹部の多くが狂刃に倒れ、黒羽もまた組を追われそうになる。
黒羽が不在の間に組員の平山の邪まな欲望にさらされ、烈は、黒羽への思慕が同性を肉体的に求める感情だと思い知らされる。
なすすべもなく蹂躙される烈の前に、ある決意のもとに黒羽が現れる。実は黒羽は、日本の統合を目指す広域暴力団 天堂会から送り込まれていた人間だったのだ。
その傘下に組み込まれることで木賊組は事実上崩壊し、烈は極道社会のしがらみから解放されたはずだった。

だが寂しさに突き動かされるように黒羽を頼って東京へ向かう。
故郷で兄弟のように育った尚と再会し、天堂会の代貸(若頭)にして青龍会の頭である黒羽のもとで暮らすようになる。
多忙を極める黒羽や組員たちや、将来を見据える尚とひきかえ、宙ぶらりんの自分の立場に烈はますます孤独感を募らせ、いつしか新宿2丁目に足を運ぶようになってゆく。
そこで烈は黒羽と敵対する片桐組に拉致され、覚醒剤を与えられて性的玩具とされるも、すでに自分へのコンプレックスからすべてを諦め、黒羽のもとに戻ることすら拒もうとする。
そんな烈を受け入れた黒羽は自身の矜持と報復のために立ち上がり、烈を汚された尚もまた、血塗れた復讐へと向かった。

2年後、20歳になった烈は大学に進み、友人も得る。
その侠気から多くの男たちの信奉を得る黒羽もまた、鵙目夏彦を右腕に天堂会の巨額な金を運用し、絶大な信頼を受けていた。烈と黒羽は深く結ばれていたが、烈を諦めない平山の出現で不穏な空気が流れはじめた。
烈の身辺に気を配っていた黒羽は、だが、黒羽に偏執的な思いを抱く赤木によって爆殺される。その瞬間を目の当たりにした烈は、刑事を傷つけて強奪した拳銃で、驚くほど冷静に平山と赤木を射殺した。それは烈を、ますます極道社会の深みへと引きずり込んでいくこととなる。

5年の服役中、生前に黒羽が申請していた養子縁組みの許可が下り、烈は「黒羽」姓となった。黒羽の仇を打ったことで出所した烈の評価と立場が大きく変わっていた。
鵙目の助力を受けながら烈が組長代行にもなれた頃、黒羽の息子、靫正(ゆきまさ)が現れる。
周囲の反対を受けながら、烈は龍青会の跡目に靫正を据えることを考えていた。
黒羽とは正反対の印象の靫正だが、彼の背後に烈は黒羽の影を求めて幾度となく身体を重ねる。
やがて烈は、画策をもって、靫正を跡目として周囲に認めさせる。それを見届けて、烈は黒羽のあとを追って自らの命を絶つのだった――。


書評
私は花郎藤子氏のファンである。だがこの小説を読んだのは遅かった。なぜなら極道にロマンを求めていないし、感じたくなかったのだ。私の知る極道とは、鶴田浩二とか高倉健、菅原文太さんが演じたやくざ映画の世界だし、映画館から出てきた男はつい肩をイカらせて歩きたくなってしまうらしい、という世界に過ぎないからである。
でも読んでみたら極道にロマンを感じたばかりでなく、泣けちゃったんだな、これが。

3章からなるこの作品は、いかにも花郎氏らしい、すみずみまでピシッとはりつめた無駄のない文章で、端正な作品になっている。最近ではあまりになおざりな、ふやけた作品ばかりで、いささかうんざりしていた私は今回読み返してみて改めて感じ入ってしまったのだ。

極道というある種の閉鎖空間で、彼らが人間存在の哀しさ、生きることの寂しさ(なんていうと安っぽいセンチメンタリズムに聞こえるかもしれないけど)をとことん身体をはって追求し、かみしめ「男」という看板に孤独な仲間意識を見出す。それは寄り集った「家族」なのである。
閉鎖された時間と空間の中で、たまたまよろめくように人間同士が縺れ合ったり、親子になったり、死んでいったり、という男の生き様の哀れというか、目出度さというか、賑わいというか、それらの描写はJUNEの枠に収まりきらないのではないだろうか。

物心ついた頃から孤独だった烈は、男に恋した自分にコンプレックスを抱きながら黒羽を求め
続けるのだけれど、孤独感は人肌を恋しがらせる。行きずりの男たちの性交渉、己の痴態を
嫌悪しつつも黒羽を求めてしまう飢餓感、さらに靫正とのSEXなど、人肌の恋しさゆえの行為に思える。
そして烈は呟く。黒羽にあるのは「ひとりぼっちの子供を見棄てられなかった」慈愛のようなものだろうと。そうとしか思えない烈の心情は悲哀というか、もの哀しい。それでも黒羽を愛することで烈は救われるのだ。
その、もの哀しい愛を、氏は極道という背景や都会の雑踏の中に書き込んでいく。それは歌舞伎町や渋谷だったり、覗き部屋だったり、尚の安アパートだったりするのだけど、それらがいちいちピタッと人物たちと合っている。

最終章の「龍の系譜」では、烈の愛は昇華してしまっているように思う。心はすでに黒羽とともに彼岸に渡ってしまっており、失った存在を悲しみながらも、結果としては愛したことに充足している烈がいる。

ところで黒羽周次という男は、それこそ着流しの鶴田浩二さんが演じた一昔前の任侠道を地で行くような男で、ストイックな中に熱い滾りを垣間見せるお方である。因みにナンバー2に弱い私は、ここでも黒羽の右腕的存在 鵙目氏のファン。
当然(かどうかは分からないが)黒羽の周囲には「男心に男が惚れた」とか「あんたのためなら命も捨てる」という極道の男たちが集まってくる。こういう心理って男独特のもので、もしや男という生き物の中には多かれ少なかれホモ因子が潜んでいるらしいと、女の看板をしょっている私はつい薄ら笑いを浮かべてしまう。たぶん根源的なところでは、女には理解できないのだろうと思うのだ、悔しいけど。
ま、一方ではこういう世界にホロッとしていちゃイカンなと思いつつ、しかし、やっぱりしんみり泣かされてしまう小説なのでありました。

---→こちらは「bbs読書日記」に書き込んでいただいた感想です。
読書日記の方はただいま閉鎖しておりますが、せっかくですのでこちらでご紹介いたします。


読んで納得、烈の最後/リリコ様/Date:2002年8月10日<土>16時18分
『禽獣の系譜』の粗筋を読ませていただいたとき、なぜ烈は、最後に死を選んだのだろう?…ということが、ずっと気になっていたのですけれど、1冊読み終わって、納得できました。
黒羽の仇討ちを果たした後、5年間の服役中に、彼は今後の身の処し方を、いろいろ考えたのでしょうね。まさに、「覚悟の自殺」だったのだ…と理解できました。
泣いたり喚いたり…そういった激情を表面に出さないが故に、余計、彼の喪失感の大きさを、
ひしひしと感じました。
黒羽の元に身を寄せた頃の、よるべない子供であった烈。
空腹のまま夜の街を彷徨い歩いた烈の孤独が、私自身の過去とオーバーラップして、胸が苦しかったです。
烈の最大の不幸は、「この人を失っては生きていけない」と、心底から愛した黒羽と巡り会ってしまったことでしょう。
片羽を失った羽虫は、二度と宙を舞う事は出来ない。
けれど、地を這いずってでも生きて欲しかった…というのが私の感想です。
本を読み終わった後、描かれた世界観の余韻に浸れる素晴らしい作品をご紹介してくださったすみか様に感謝×感謝です♪


禽獣の系譜/山内 美里様/ Date:2002年8月8日<木>10時17分
これ、JUNE小説のはずなのにJUNEとして読めませんでした。これは私が年を喰ってるせい・・・主人公の烈が17歳で、自分の子供が18歳と14歳。もう、ダブっちゃいまして、烈が可哀相で可哀相で仕方ありませんでした。烈が一所懸命生きていこうとする様は、いじらしくて涙が出そうでした。JUNEではなく、一人の少年の生き様の物語として読ませていただきました。
烈に注意が向いてしまって、本来、好みのキャラであるはずの黒羽周次の印象が薄くなってしまった・・・。黒羽周次に関しては、もう少しページを割いて描写してほしかった。この人は、極道してて楽しいんだろうか? いまひとつ自分の中で、消化不良だったようです。
「黒羽と鵙目」は主人公たちが大人なので、安心して読めました。続きが出たら、買ってしまおう。


経済JUNEとか?/すみか/ Date:2002年8月9日<金>02時13分
感想をありがとうございます♪
ちょうど同じ年頃のお子さんがいると、ますます烈に思い入れてしまうのでしょうね。
烈が、一生懸命黒羽を愛し求める気持ちが切なくて健気だったな。ただ、やくざの息子なんだから、もっと気骨を持てよーと背中を叩いてやりたくなったけど(笑)。
黒羽の印象が薄いのは、たぶん実際に(極道の…汗)お仕事しているシーンが描かれていなかったからかもしれません。
性格は高倉健(の演じる極道)だけど電子マネーで利ザヤを稼ぐみたいなエリート極道って感じで、さすが頭がいいんだろうなーとか、できれば株売買の生々しい実態なぞ知りたいとか思ったけど、それじゃ経済小説になってしまうだろうとか(笑)。
「黒羽と鵙目」の方も切なかったりするのだけど、ライトに書かれているから読みやすいですね。こっちの黒羽は(こと、鵙目に関して)オバカで可愛い。いや、私はいらないけど(爆)。




back








>>>「禽獣の系譜」と混乱、混同しやすい作品のご紹介

黒羽と鵙目 1996年花丸ノベルズ('02.7月現在 1〜4巻)

「いつだって本気に変えてかまわねぇんだぜ…?」 by黒羽


内容
しがないバーテンダー鵙目隆之は、拉致同然に連れ込まれたマンションの一室で、黒羽組の組長、黒羽斉彬と再会する。
それは16年前の天山少年院で繰り返された陵辱の再開でもあった。
抗いながらも、黒羽の魅力に惹かれていく自分を、鵙目は認めまいとするのだが――。
鵙目の姉に対する思慕、因縁の仲である前田、鵙目と前田の関係を疑う黒羽斉彬との奇妙な三角関係を中心に、鵙目を慕う落ちこぼれのマサルや鳩子たちを巻き込み、また巻き込まれながら、物語は現在も進行中である(らしい)ので、簡単にさらっとご紹介するにとどめておきます。


感想にかえて
花郎藤子氏自身による上記「禽獣の系譜」の二次小説(パロディ)であるが、共通しているのは黒羽が極道であることくらいか。尚、黒羽、鵙目とも上記作品と名前、性格設定なども異なり、二次小説とはいえ作品として独立している。
性格の相違が楽しいので人物紹介をさせていただく。





鵙目隆之/この小説のヒロイン(笑)/「黒羽と鵙目」発表当時、34歳/高校中退/17歳のとき前田を庇って天山少年院送致/そこで黒羽にコマされる/現在は雇われバーテンダーにして黒羽の情人/切れ長の眼が色っぽい別嬪さん/それを指摘されると切れる(かもしれない)/右足の付け根に毘沙門天の焼き印/局部に真珠が入っている/腹部に刺傷跡/潔癖症で、だらしのないことやずぼらなことが許せないタチ/だが人が良いので、つい許してしまうあたりは優しさゆえか/男気があり、弱者を見棄てられない性格は、うっかりすると利用されやすいともいえる/やくざが嫌いで、堅気であることに拘るわりには喧嘩好き/黒羽の腕前に喘ぎながら、「おれは侠(おとこ)じゃなくなっちまう」とコンプレックスを抱いている/実はかなり強度のシスコンである/彼の不幸は黒羽とであったことに凝縮されているようだが、こんなに惚れ抜かれているなら、これも幸せかもしれない(笑)/特技は男殺し。
「おれの最大の貧乏くじはおまえだ、斉彬」
これってのろけ以外のなにものでもないじゃん
「隆之、恋をしようぜ、おれと」
黒羽斉彬/34歳/黒羽組組長にしてその筋の人望厚し/少年院に2回、刑務所に2回入所/17年を経て尚、鵙目にご執心なあたり、これも純愛といえるかもしれない/愛人を10人前後囲いつつも鵙目ならいつでもOKという絶倫男/内縁の妻とは離縁/精悍で端正な褐色の顔貌/身体もでかいが態度もでかい/背中に吉祥天女の刺青/天山少年院時代、鵙目を勝手に女房と心定めた/その証に鵙目の足の付け根に毘沙門天の焼き印 を、これもまた勝手に押す/因みに鵙目の局部真珠も黒羽の嫉妬から(笑)/つまり、徹底的に俺様主義/ステキに音痴なくせにピアノが上手い/浪費家で見栄っ張りで極めて悪趣味/趣味の悪さは、「まともな人間になりたかった。まともな人生を送りたかった」などと鵙目に言わせてしまうほどである/そのくせ「おまえはおれの''良心''だからさ」なんてさらりと言って、ほろりとさせて下さる罪な男/鵙目が絡むと単なるガキと成り下がるも、懐の深さは「よっ、男だねぇ」である/特技は盗聴器を仕掛けること、ヤバイ系全般 。
back







恐怖の男たち 1992年8月/発行 白泉社 1997年/花丸文庫(白泉社)

――俺にはあんたしかいないんだ……


内容
アフガンから欧州、そして氷の荒野へと舞台を移しながら、故郷も過去も肉体も、精神すら男
に捧げることを選んだ青年と、血と泥濘の中を這いずりつつも己れの生き方に妥協せぬ傭兵
たちを描いた大作。

額に嵌め込まれたラピス・ラズリ、銀の美貌をもつ青年 アッシュと、血に濡れた虎のような
イライジャ――彼らは「恐怖の男たち(レ・ザフルー)」と呼ばれる傭兵だった。
傍系王族の叛逆により家族を失い、ひとり逃亡を続るパルミラ王国の王太子・焼蘭(シャオラ
ン)が、アッシュの過去だ。アッシュは己れの内にすべてを葬り、イライジャの傍らで、死と硝
煙の匂いの中に生きることを選ぶ。

だがアッシュは、CIAやKGBの国家的謀略に巻き込まれ、さらに母国の刺客からも、執拗に
追跡されていた。捨てたはずの過去が彼を追い詰めてゆく。
刺客たちの襲撃の混乱の中で、CIAに拉致されたアッシュ。
救出に向かったイライジャと女傭兵ライラが救出に向かった目前で、刺客によって彼が監禁さ
れた屋敷が爆破される。

アッシュの死を確信したイライジャたちだったが、瀕死の中で彼は生きていた。心身の傷の
癒えぬままに、彼はイライジャと行動を共にすることを望む。
イライジャはベトナム時代の戦友・トウキョウ・ジョーと手を組み英国海軍提督をソ連へ亡命さ
せる仕事を引き受ける。だが、ジョーの本当の任務は別のところにあった。
アッシュの裏切りで、イライジャは瀕死を負う。そして、イライジャを死に追いやったと思い込
んだアッシュは自閉状態となってしまう。

生き人形となったアッシュの世話をやき、再び生へと目覚めさせたのも、死の淵から生還し
たイライジャだった。
裏切ったあげく、足手まといとなった自分はイライジャに捨てられてしまうかもしれない――
アッシュは恐れ、苦悩する。
やがて、十年前、アッシュが自らの手で生命を奪った妹・衍華(イェンホワ)の生存を知り、イ
ライジャは、望まぬ再会を拒絶しきれぬアッシュとアメリカへ乗り込む。再会した衍華の眼は
アッシュに対し憎しみの色しか見せなかった。
一方、ライラもまたパルミラ王国の依頼を受け、暗躍していた。
東西大国の国家的謀略と欲望が渦を巻く中、彼らはそれぞれ己れの生き方を貫いていく。


書評
通称「レ・ザフルー」/1984年から同人誌で書き継がれ1987年完結、後に商業誌化。
花郎藤子ファンの間では、バイブルともいわれ、私を花郎ファンに引き込んだ作品でもある。
作家のデビュー作にはすべてが詰まっているといわれる。この作品にはまさに全て(に近い
もの)が詰まっている。ハードボイルドな愛を描き、擬似家族的アプローチあり、特異な人物
造型あり、哲学的思索まで垣間見えるような気がする。

主たるテーマはやっぱり「愛」だ。愛といってもそんじょそこらのBLとはわけが違う。擬似親子
愛、擬似家族愛、ライバルへの愛、切ない愛、およそ一筋縄ではいかない愛ばかりなのだ。
どいつもこいつも不器用で、矜持は果てしなく高いから、感情をストレートに表現できない。
そのキャラクターたちも魅力的だ。登場人物誰ひとりを取っても、一癖も二癖もありそうなヤツ
ばかり。
アッシュはもちろん、イライジャといい、たくましい女傭兵ライラといい、気のいいフィリップとい
い、孤独と痛みを抱えつつも己れのいる場所をしっかり見据えている。この連中を生き生きと
描き分ける花郎氏の筆のさえは目を見張るものがある。

アッシュは謎の少数民族国家の王太子という、ハーレクイン的設定で描かれている。花郎氏
自身が目指したのも「ハーレクイン男性版」だそうだが、それにしては凄惨ではある(笑)。
花郎氏の登場人物たちの系譜から言えば、アッシュは、拠り所のない、アイデンティティを持
たない人物として捕らえた方が的確だろう。いわゆる「境界上」に立つ人物。たとえば『オー
ディンの三つ子』のファルフのような。

過去は既にあの森の墓穴に底深く埋めた筈だった。今の彼は、名実共にただの
人間、ただの傭兵――アッシュだった。
それも、過去を捨て新たに生まれ変わった幻ではなく、逃れ難い業火に焼き尽く
された、一握りのアッシュ――灰――だった。

アッシュの中には何もない。「この世に人間を引き留めるすべて」を、彼は捨てている。
からっぽの彼の、そこに染み込んできたのがイライジャだった。それゆえ、アッシュにとってイ
ライジャの存在そのものが「生きること」のすべてとなり、そのいじらしいほどの純情はそら恐
ろしいほどだ。
葬ったはずの過去は、だが、アッシュに食らいついている。
彼を守るために傭兵たちは戦ってゆくのだが、そこは馴れ合いを嫌う一匹狼の彼らのこと、一
筋縄でいくわけがない(笑)。

アッシュに「生」の喜びを目覚めさせる一つの手段として、イライジャはアッシュに性の悦楽を
与える。それはかならずしも成功しているともいえないし、端からイライジャの行為は「愛」ゆ
えではない。アッシュにしてみれば、イライジャとの交歓よりも、好きなオレンジを一つ、彼の
手からもらった方が数倍も幸せだったりする。そのあたりが花郎氏なんだよね(笑)。
それはライラとの関係にも言える。イライジャとライラの関係はアッシュを核とすることで、擬似
家族的な関係にある。だが2人の過去ゆえに緊張感がつきまとう。けっして甘くならない。そ
の橋渡しをするための微妙な位置にいるのがフィリップといったところだろうか。
直接的にはイライジャのカリスマ性は描かれてはいない。矜持の高い一匹狼的存在そのも
のがイライジャという男だ。

個人的には、女傭兵ライラがお気に入り。もちろん腕力が強いからではなく、彼女の生き方
のたくましさが好き。女であることを利用こそすれ、それに甘えない。自分を見失わぬ強さ、し
たたかな生き様は、女の理想だろう(私だけ?)。その彼女もアッシュにだけにはちょっと弱
い。そんな弱さもまた、彼女の人間味を加味している。
途中に大きな地雷がいくつも仕掛けられ、読む者の目を釘付けにせずには置かない。間違い
なく良質なハードボイルドなJUNEに仕上がっているはず。

ところで掟破りで申し訳ないのだけど、書評に当たって同人誌版「恐怖の男たち 総集篇
(1988.7.30)」の方を再読した。
ストーリー展開は変わらないのだけど、商業誌になった時に相当量カットされた部分と挿入さ
れた部分がある。もっとも、同人誌の総集篇になった時点ですでに100ページほどカットされ
たらしい(特にベッドシーン…もったいない〜)。
商業誌では、そのえっちシーンがさらにバシバシとカットされた。
比較して初めて分るのだけど、意味のないシーンではなかったので、ますますもったいないと
思ってしまうのだ。
これについては同人時代からのファンの間でも話題になった。むろん、読者サービスだけで
はないし、出版社の意向ということでもないらしい。
内容をさらに凝縮した商業誌の方が完成度は高いのだけど、商業誌のアッシュの方が心情
を吐露したりする分、饒舌になっていて、同人誌から入った人は微妙な性格転換を感じたの
ではないだろうか。
えっちシーンがあるからアッシュは寡黙であれたし、切ない心情がダイレクトに伝わってもくる
し、内面描写の少ないイライジャの無茶も理解できる部分があったようにも思うが、もちろん、
商業誌も充分切なく、ハードボイルドな傭兵たちを楽しめる。

イライジャ一家のイラスト(by田近)も見てね♪










カンナギ様式 2002年6月/発行 ビブロス

「でも……ふつうって、解らないよ」


内容
高校生の神薙密と宮は双子だが、内面は正反対の嗜好を抱いている。
真面目で大人しいが、ヤクザの男を好きになって自ら奉仕し、支配されることで喜びを感じるような壊れた一面を持つ蜜。キレると見境がなくなってしまうほどの凶暴さを持つ宮は、破壊することで興奮する。
幼い頃に母親に捨てられ、父親には虐待され、双子は互いに寄り添うしかなかった――過去が歪ませた2つの個性。
そして懲りない密がふたたび危うい恋に惹かれつつあった頃、宮は仲間を率い、裏の世界へと足を踏み入れていた……。


書評
重いテーマによく挑戦されたな、と思う。
児童虐待をテーマにした作品には『永遠の仔』という傑作があるが、BLというジャンルにある作品だけに、ずっとライトに書かれてる。とはいえ、読んでいくにつれ気分が暗くなるかもしれない。多くの人は、重すぎるテーマに目を背けたくなるかもしれない。私自身、読んでいて辛かった。レビューまでに時間がかかったのも、自分の中で消化するまでに時間がかかったためだ。

求めることも望むことも出来なかった二人は、ある献身的な二人の人物の手によって、その感情を取り戻す。たとえそれが歪んだ感情だとしても、人形のように怯えながら息だけをしていた頃よりは、よほど人間らしいというものだ。
もちろん、人を殺すことに躊躇いすら感じないような宮に、好感を持てない人もいると思う。
それでも歪んでしまった心ごと、その哀しさを抱きしめてやりたいと私は思った。
この本に出会い、救われる人がいるだろう。それは必ずしも児童虐待を経験した人と云うのではなく、ちょうど『永遠の仔』で救われた人がいたように。
庇護する立場の人間からわけの分からぬままに虐待された子供たちの心理については、それぞれの方がいろいろ思うところがあるだろう。
そして彼らの痛みが分からずにすむなら、その人は幸運な人だと思う。
この作品は、そう云う意味では覚悟して読むJUNEだ。

重い話が続いたが、この本、ちゃんと、えっちも面白い(笑)。また、蜜が恋するオジサマが渋くてカッコいい。私的に好みなのだった。ま、ちょっとしか出てこないけどさ(爆)。



back





ヴィヴィアン 2002年6月/発行 ビブロス

「――私は、飾り物にはふさわしくないぞ、クロス」


内容

書評



back




CAFE☆唯我独尊: http://meimu.sakura.ne.jp/