「いつもキラキラしていた…」初出1986年2月−10月「小説JUNE」連載 1990年角川スニーカー文庫→角川ルビー文庫
多分人は、一生に一度のたったひとりの人との出逢いを求めて、 生き続けて行くのかもしれない。
▼内容
問題児として高校を退学処分になった田上哲郎だが、ロック・ギターでは天才的な閃きを持っていた。兄、邦和への執着、それゆえ生じる兄弟の微妙な確執が、哲郎を駆り立て、渇望させる。
邦和から譲り受けたオベイション(ギター)を抱えて、哲郎は飢(カツ)えの熱情をロックにぶつけていたが、フリーライター・神生沙知との出会いから、プロデビューするきっかけを得る。
それは学生時代から沙地が見守り続けてきた人気ロッカー 小津翔一郎(翔)への挑戦でもあった。
哲郎のデビューは話題を呼んだ。彼のロックバラードの美しさに衝撃を受けた翔は、その若さゆえの情熱を羨望している自分に気づく。
精神的に不安定な妻・志貴子に対しての罪悪感や、希薄になっていくロックへの情熱に苦悩する翔を見守りつつ、哲郎を愛する沙知。常に自分を見つめていた沙知の存在が遠ざかっていく不安に揺れる翔。葛藤の末、志貴子との離婚を決意した翔の生活は荒れていく。
一方、一躍注目を集めた哲郎だったが、兄に対する内なる飢えが癒されたわけではなかった。
恋人の妊娠をきっかけに邦和は結婚を考える。哲郎の葛藤は、やがて哲郎が原因で起こした事故で、兄を「死」へと導いてしまうことになる。邦和の死によって歌への情熱を失った哲郎は、大切なオベイションを翔に託し、すべてから逃れるようにアメリカに渡る。そして哲郎がすべてを捨てていったという事実が、ますます翔を追い詰めいく。
やがて翔もまた、かつて聴いた哲郎の歌を求めて後を追う。翔にとってそれは、もう一度歌への情熱を取り戻すきっかけを求め、また生きる意味を模索する旅でもあった。
アメリカの小さな街で翔は哲郎と再会する。
哲郎は男娼と変わらぬような荒んだ生活をしていた。しかし彼の中に汚れは感じられず、たくましさと穏やかさだけが感じられた。
だが哲郎の内には翔の目的が分からぬ苛立ちがあった。翔を試すために、哲郎は彼をレイプさせる。ショックを受けながらも、翔は「彼の音楽の本質は、泥にまみれても変わらない宝石のように、真実なのだ」と信じようとする。
薄汚れたバーで、オベイションを抱えて歌う翔の前に現れた哲郎は、黙ってピアノでセッションする。
哲郎の声の美しさは変わっていなかった。両手を広げて包み込むように人を愛したい……哲郎の歌からにじみ出る言葉ではないメッセージに、翔は、閉ざされた言葉が解き放たれるような気がして、一筋の涙とともに歌への愛を取り戻す。それは翔が再び生きるために歩きだそうとすることでもあった。
▼書評
鋭く痛い青春小説というのが第一印象でした。
その鋭さは研ぎ澄まされたナイフのようであり、しかし金属的な冷たさではなく、手に握り締めていればやがて融けていく氷のような鋭さと言ったらいいでしょうか。
翔は、内面は少年のまま、しかし情熱を失ないつつある「疲れた大人」になろうとしている自分に焦慮しており、自分を見失いつつあります。さらに志貴子への罪悪感が拍車をかけ、翔は人生の中で立ちすくんでいるのです。
これからトップへ昇っていこうとする哲郎と翔は、ポジとネガの関係と言えるでしょう。
哲郎がアメリカに渡るまでに、翔と直接言葉を交わすのはたった2回だけです。
そのうちの1度は哲郎が翔にオベイションを譲るときですから、実質的には1度に過ぎません。にもかかわらず、互いのうち深くに互いの存在が刻み込まれてしまいます。まるで魂が惹かれあうように……。誰もが心の奥底で求める存在に出会えたこいつらが羨ましいかぎりです(笑)。
2人は沙知を挟んで、鏡合わせのように向き合うことになりますが、その彼女の立場が切ないです。沙知は翔を愛しつつも、彼との間に恋愛は生じません。他ならぬ翔によって、常に見守る観察者の立場に位置づけられてしまいます。
そして哲郎を深く愛していく沙知ですが、彼女が内実で追っていたのは翔の影だったように思えます。
さらに沙知は、アメリカに去って行く哲郎をも、理解するからこそ見守るしかありません。
女でありたいはずの彼女に求められるのは、母性だったのではないか……これは女にとって辛く切ないポジションで、男性作家ならではのキャスティングだと思うのは穿ちすぎでしょうか。そして、再び生きるために歩き出そうとする翔を、恋愛とは異なる視点で、沙知はやはり見守り続けるのです。
再生へと向かう翔とは対照的に、どこまで落ちていけるかを自らに課す哲郎の行く先は明確に示されていません。ストーリーは余韻を残して終わり、のちに発表される『波の名前』と継がれていきます。
ところで、この作品は、1984年(4月−6月)「小説JUNE」に発表された「君が人生の時」の続編となるのですが、こちらは残念ながら文庫化されていません。一作目において翔の元を去って行くマネージャー川田の葛藤がやや分かりにくいかもしれませんが、雑誌のみ掲載された作品を発掘目録(笑)に入れてよいものか、ちょっと悩むところ。 |