完全版金環蝕 2000年イースト・ブレス
「賭けは、カートの肉体」
▼内容
敗戦後、私ことメルローズ・ビシャスは、父の事業を助けて一族の再興を計ろうとしていた。
そこへ、かつての敵軍将校であるクライシスから夏城への招待状が届けられる。その敵国人 たちのの恩恵に与かり、商売するしか一族を養えない私に拒否することはできない。
向かった夏城で、私は敬愛してやまなかった上官カート・フレグランス大佐と再会する。戦犯 として処刑されたはずの彼が生きていたことに驚きつつも、懐かしさでつい声をかけた私にカ ートの返答は素っ気なかった。
やがて私はその理由を知ることになる。
神秘的な美貌と英知で多くの崇拝者を得ていた大佐は、生死に関わる負傷から目覚めた 後、クライシス・ロールシャハティによって夏城に囚われる性奴に身を堕とされていたのだ。
クライシスの客である私にもカートを抱く権利があるという。クライシスは、誇り高い大佐をい たぶる手段として、かつての部下であった私に陵辱させようとした。
カートのしどけない姿を見せつけられた私は、敬愛し続けた上官を力によって自由にできると いう、倒錯的な欲情に囚われてゆく。
▼書評
小林智美さんの表紙イラストでよかった〜。というのも、1992年に発売されたハードカバー版 の短編集『金環触』(白夜書房)と同タイトルなので、小林さんのイラストでなければ読了済み と思って手に取らなかったかもしれない(私は小林智美さんの大ファンである)。
完全版とされる本書は丸々一冊「カート・フレグランス大佐」の連作集となっている。
黒い髪、エメラルドの瞳。華奢で美しく、厳格ではあったが敬愛されていた元上官の背徳の 性と、退廃的な雰囲気――陶酔しましたとも。
悪魔的魅力のクライシスのダークで歪んだ心理は、娯楽のためにカートをゲームの駒に堕し て喜ぶ。そして常識人であるはずの紳士たちは、カートの身体にクライシスによって刻まれた 被虐の性に群がっていく。そんな紳士たちの陵辱に慄きながら、カートは「金環蝕」にたとえ、 密やかに冷笑する。
| 「外見は、黄金色に輝いてみえるが、――この裡(なか)は、
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だが、彼らを支配しているのはカートだと、メルローズは胸に呟く。己も含めて、快楽の檻に 囚われているのだと。
| 金環蝕は、天空の太陽が、月も地球も、すべてをその支配化に治めた瞬間でもある のだ。(中略)
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| 「金環蝕は、すべてを内包した、完璧な姿なのだ」と。
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それはクライシスの内奥のジレンマをも表している。
クライシスのカートに対する態度はまるで人間扱いしていないように見えながら、その実、深 い渇えが窺える。
冷静に計算された狂気じみたクライシスの言動に、カートは翻弄される。心ではメルローズを 求めつつも、次第にクライシスに恋にも似た離れがたい感情を抱きはじめる。
それすらも、クライシスの計算のうちであるのかもしれない。彼のジェラシーに燃える熱い身 体のみが、カートの心と身体に刻まれた痛みをやわらげることができるのだから。
そんな「熱」を孕んだ支配者と被支配者の間にある危うい均衡は蠱惑的だ。そして魅了され てしまうのだ――メルローズのように。
男同士の幾重にも屈折した愛憎に、物語的あざとさを加味してノスタルジックな情感が漂う 作品となっている。得体のしれない何ものかに、どろりとした底なし沼のように深い色のソー ス(情念)が絡みついているような様は、奇妙に美しく、鍵穴から情事を覗いているような気 分になる。
メルローズとカートが戦場でのことに触れたシーンがちらりとあって、その戦場のシーンをもっ と読みたいのだけど、物語の進行上、たぶん、ただれたシーンは入りそうもないだから、これ は個人的な趣味の問題ね(笑)。
短編集でも密度は濃い。知的かつ官能的に読者をもてなしてくれる作品。と、書いてみたけ ど、ホントはどうでもいいの。だって「山藍紫姫子」さんなんだもん。
余談だが、1992年発行版では、耽美な作品のほか、妖精などのイラストを描いている青年 が、妖精の故郷を訪ねる旅先のヨーロッパで本物の妖精を捕まえ、東京に連れてくるという、 山藍作品にはちょっと珍しいコメディタッチの作品など5作品が収録されている。この妖精の 話が何だかお気に入り。
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