山藍紫姫子(やまあい しきこ)


1980年代に同人誌即売会で独特の耽美小説を発表し、女性読者に人気を博す。
「やまなし、おちなし、いみなし」というやおいの先駆者的存在であるが、現実世界から切断された架空の世界に設定されながらも、しかしどこかで現実の問題とも繋がっているような、いわゆる幻想文学などの寓話的スタイルをとり、単に「やおい」作家と一括りできない凄みがある。
男同士、あるいは両性具有者の過激なまでのSM的な肉体関係を克明に描写しつつ、切なくも官能的な世界が描かれる。
氏の作品に溢れる淫靡な官能は、「美徳を捨てれば、不幸であったものが快楽を得る機会となり、苦痛が官能の快楽となる」(モーリス・ブランショ)につきるかもしれない。
代表作として、『アレキサンドライト』『蘭陵王』『長恨歌』など多数。
同人でも精力的に作品を発表されており、ただただ頭が下がる思いである。

■ 長恨歌
■ 金環蝕
■ スタンレー・ホークの事件簿(シリーズ)
 闇を継承する者日影成璽(シリーズ)
■ 花鬼
■ 王朝恋闇秘譚
■ 完全版 虹の麗人―『イリス・虹の麗人』
■ アレキサンドライト



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長恨歌(上、下巻) 1994年白夜書房/1999年コアマガジンより再版

「永遠に死なねぇってどういうことか判るか?(中略)
 そりゃあ、なあ、そいつに、永久に想われていてぇってことなのさ。
 ……愛でも、憎しみであってもな」


内容
【上巻】江戸の豪商・吉野屋の一人娘、澪は街で無頼どもに絡まれ危ういところを、浪人、沙
門小次郎に助けられる。彼に恋したお澪は、彼がねぐらとしている廃寺に押しかける。そこで
お澪は弁天と呼ばれる美青年が沙門に組み敷かれているシーンを見てしまう。しかも弁天
は、沙門と怪僧・鉄が共有する性奴隷だという。
清廉で怜悧な弁天――だが、狂気を孕む沙門と鉄のサディスティックな性を、心では抗いな
がらも弁天の身体は受け入れてしまうのだ。その度に弁天は屈辱に打ちひしがれる。
沙門への恋心と、女のなりをさせられた弁天への興味から、お澪は次第に彼らと深く関わる
ようになってゆく。そして、二人がかつて敵同士であり、決闘で弁天が沙門に敗れた結果、
性的玩具に貶められたことを知る。
お澪は恋敵である弁天を憎み、嫉妬しつつも激しい情念のままに、縛られて身動きできない
弁天を犯してしまう。

【下巻】陰惨な交歓は、やがて仇同士である沙門と弁天の心を通わせようとしていた。
だが、沙門を恋するお澪の姦計にはまり、二人は罠におちる。お澪の父、宗左衛門が予てよ
り狙っていた弁天を捕え、沙門はお澪によって座敷牢に閉じ込められてしまう。
そして弁天は「尻妾」として奥座敷に囲われることになる。
飴と鞭を使いわけるように、宗左衛門は弁天を甘く翻弄する。宗左衛門に思うように弄ばれ
ながらも、だが弁天は沙門を忘れられない。閨で弁天が口走る男の名は、宗左衛門の嗜虐
の性と執着をさらに煽ってゆく。
あるとき町中で、弁天は壺井という浪人と出会う。坪井は弁天が原因でお取り潰しとなった
藩の下級武士であった。恨みを抱く坪井は弁天を犯し、関係を強要する。さらに旗本の次男
坊たちに弁天を売り、輪姦させる。
ついに弁天はある決意をもって、壺井たちの待つ廃屋へと望むのだった。


書評
山藍作品に共通して感じるのは、「エロティシズムの領域は本質的に暴力の領域である」と
いうマルキ・ド・サドの言葉だ。
「問題となるのが性欲であれ死であれ、狙いを定めるべきはつねに暴力、恐怖させながら魅
惑する暴力なのである」――これは弁天の被虐の性を、実に端的に言い表しているのでは
ないだろうか。
とにかく、ほぼ全編にわたって弁天を中心に情交シーンが続く。まだ処女(おとめ)のお澪の
前だろうと、そりゃもう、お構いなしに弁天は苛め抜かれ、あられもなく喘がされ、さすが、耽
美ハード・コア小説の第一人者の作品である。個人的には苦手な部類の作品にもかかわら
ず、その独特な世界に引きずり込まれてしまって、私としてはちょっと悔しい(笑)。

『長恨歌』同人誌版の後書きによると、この作品はOAV「OEDO808」への「賛美」ではな
く、「失望」から書かれたものなのだそうだ。
山藍氏が書かれた「OEDO808」のパロでは、「罪人」という鎖に縛られながらも前向きに
(破れかぶれか?)生き、性を謳歌する妖艶な弁天が魅力的で、読み比べてみるのも面白い
と思う。(因みにこちらも3人組だが『長恨歌』にあるような3PもSMもない)。
そうなると、当然『長恨歌』における主人公は弁天のはずだった。
だがこの作品において1番印象深いのは「お澪」の存在だろう。この清純かつ淫放なお澪の
キャラクターにより、『長恨歌』は単なる時代物ハードコア小説ではなく、底知れぬ深みと凄
みを持った作品となっている。

だが、それだけではない。この作品にはもう1つ、「不死者」というテーマが隠されている。
不死者の哀しみや孤独、血を継承することの惨酷さは数あるバンパイア・ストーリーにも描か
れているが、不死という閉ざされた煉獄の中で、弁天をめぐる沙門や鉄の執着は永遠にに続
くのである。

「愛とは、人を強くするもの。なれど、その愛ほど、永く続かぬものはない。
 これが憎しみであれば、それは永久(とこしえ)のもの。
  愛を憎しみに変じて、愛しきお方を追って行くのでござりまする」

「女」となったお澪の情念が迫る一節である。だが、「愛」も「憎しみ」さえも、いつしか刻(と
き)は呑み込んでしまうだろう。不死という檻に閉じ込められた彼らの関係は、すでに愛憎す
ら越えた互いの執着ではないだろうか。愛憎に囚われているお澪は、その1点において「お
ぬし、まだまだだな」である。つまり、彼女はすでに負けているのだ。

執着と、不死者の檻こそが、凄惨な性を貪らせずにはいられない関係を求めるのかもしれな
い。とはいえ、不死者でもなく、それほど執着するものもない私には、実のところはっきりと文
章にできるほど掴めていないのだった……ごめんなさい。

なお、『シシリー』(コア・マガジン)に『長恨歌』の番外編の短編が収められている。江戸を去
った3人の旅の宿の1コマであるが、やはり弁天は激しく苛め抜かれている。鉄が憎らしく思
えるほど完璧な憎まれ役を買っているが、それに応えてしまう弁天の身体もすごい……。



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完全版金環蝕  2000年イースト・ブレス

「賭けは、カートの肉体」


内容
敗戦後、私ことメルローズ・ビシャスは、父の事業を助けて一族の再興を計ろうとしていた。
そこへ、かつての敵軍将校であるクライシスから夏城への招待状が届けられる。その敵国人
たちのの恩恵に与かり、商売するしか一族を養えない私に拒否することはできない。
向かった夏城で、私は敬愛してやまなかった上官カート・フレグランス大佐と再会する。戦犯
として処刑されたはずの彼が生きていたことに驚きつつも、懐かしさでつい声をかけた私にカ
ートの返答は素っ気なかった。
やがて私はその理由を知ることになる。
神秘的な美貌と英知で多くの崇拝者を得ていた大佐は、生死に関わる負傷から目覚めた
後、クライシス・ロールシャハティによって夏城に囚われる性奴に身を堕とされていたのだ。
クライシスの客である私にもカートを抱く権利があるという。クライシスは、誇り高い大佐をい
たぶる手段として、かつての部下であった私に陵辱させようとした。
カートのしどけない姿を見せつけられた私は、敬愛し続けた上官を力によって自由にできると
いう、倒錯的な欲情に囚われてゆく。


書評
小林智美さんの表紙イラストでよかった〜。というのも、1992年に発売されたハードカバー版
の短編集『金環触』(白夜書房)と同タイトルなので、小林さんのイラストでなければ読了済み
と思って手に取らなかったかもしれない(私は小林智美さんの大ファンである)。
完全版とされる本書は丸々一冊「カート・フレグランス大佐」の連作集となっている。
黒い髪、エメラルドの瞳。華奢で美しく、厳格ではあったが敬愛されていた元上官の背徳の
性と、退廃的な雰囲気――陶酔しましたとも。

悪魔的魅力のクライシスのダークで歪んだ心理は、娯楽のためにカートをゲームの駒に堕し
て喜ぶ。そして常識人であるはずの紳士たちは、カートの身体にクライシスによって刻まれた
被虐の性に群がっていく。そんな紳士たちの陵辱に慄きながら、カートは「金環蝕」にたとえ、
密やかに冷笑する。

「外見は、黄金色に輝いてみえるが、――この裡(なか)は、
黒々と腐りはてている…」

だが、彼らを支配しているのはカートだと、メルローズは胸に呟く。己も含めて、快楽の檻に
囚われているのだと。

金環蝕は、天空の太陽が、月も地球も、すべてをその支配化に治めた瞬間でもある
のだ。(中略)
「金環蝕は、すべてを内包した、完璧な姿なのだ」と。

それはクライシスの内奥のジレンマをも表している。
クライシスのカートに対する態度はまるで人間扱いしていないように見えながら、その実、深
い渇えが窺える。
冷静に計算された狂気じみたクライシスの言動に、カートは翻弄される。心ではメルローズを
求めつつも、次第にクライシスに恋にも似た離れがたい感情を抱きはじめる。
それすらも、クライシスの計算のうちであるのかもしれない。彼のジェラシーに燃える熱い身
体のみが、カートの心と身体に刻まれた痛みをやわらげることができるのだから。
そんな「熱」を孕んだ支配者と被支配者の間にある危うい均衡は蠱惑的だ。そして魅了され
てしまうのだ――メルローズのように。

男同士の幾重にも屈折した愛憎に、物語的あざとさを加味してノスタルジックな情感が漂う
作品となっている。得体のしれない何ものかに、どろりとした底なし沼のように深い色のソー
ス(情念)が絡みついているような様は、奇妙に美しく、鍵穴から情事を覗いているような気
分になる。

メルローズとカートが戦場でのことに触れたシーンがちらりとあって、その戦場のシーンをもっ
と読みたいのだけど、物語の進行上、たぶん、ただれたシーンは入りそうもないだから、これ
は個人的な趣味の問題ね(笑)。
短編集でも密度は濃い。知的かつ官能的に読者をもてなしてくれる作品。と、書いてみたけ
ど、ホントはどうでもいいの。だって「山藍紫姫子」さんなんだもん。

余談だが、1992年発行版では、耽美な作品のほか、妖精などのイラストを描いている青年
が、妖精の故郷を訪ねる旅先のヨーロッパで本物の妖精を捕まえ、東京に連れてくるという、
山藍作品にはちょっと珍しいコメディタッチの作品など5作品が収録されている。この妖精の
話が何だかお気に入り。






スタンレー・ホークの事件簿 T〜W 1996〜1997年 芳文社

「あぁあ…、身体の内が、熱い……お前が…暴れている…」

(この台詞、情交シーンではないよ…笑)


内容
彫像の公園で性器を切り取られ、男性裸像の下に放置するという連続殺人事件が起きた。
不良刑事スタンレーは、捜査線上に浮かんだ犯人像と上司であるロスフィールド警視の容姿
が一致することに気づくところから物語は始まる。
金髪碧眼の美しき警視・ロスフィールドは、いわゆる「いたこ体質」で、死者の残留思念や相
手の思念に感応する能力を持っている。その不安定な能力は彼にとって諸刃の剣でもある。
日系人精神科医ジン・ミサオはその能力をケアできる存在であり、また、ロスフィールドとは
愛人関係にある。
ロスフィールドの不可解な行動に疑惑を持つスタンレーだが、次第に上司であるロスフィール
ド警視の危うい魅力に捕らわれてゆく。
裕福な一人暮らしを狙った連続強盗殺人事件、内臓を抜かれた猟奇殺人事件などの事件を
通して、ロスフィールドをめぐって揺れる妖しい三角関係が織り成される。


書評
美貌の警視×バツ一の刑事×精神科医の危うい関係を軸に展開する、サイコミステリー…
…本の案内にはロマン・サスペンスとあるが、微妙に違うような気がする。
刑事物だし、猟奇的事件も起きるが、ロスフィールドと2人の騎士(!)の関係に主眼が置か
れているので、描写はそれほどグロテスクではない。謎解きミステリーの部分も充分楽しめ
るのでお薦めする次第。

本書は中短編集で構成されており、一つ一つの事件は一話のうちに解決する。
少しばかり人間不信のバツ一不良刑事が美しき上司を巻き込んで事件を解明していくあた
り、「おいおい…」と少しばかりツッコミたくなる境地、都合のよすぎる展開など無きにしも非ず
だが、しかし、もう一方の主軸である、男たちの微妙な関係が妖しげに展開しつつ、徐々に
不安を醸成するかたわら、伏線が張られている。
後半、一気に物語がうねりだし、思いがけない事件へと発展させていく。この膨らみきった謎
と妖しげな雰囲気の横溢を、いかなる手腕をもって、解決に導くのか? 興味津々。

過激なSMまがいのSEXを得意となさる山藍作品の中では、そちらの表現は比較的おとなし
め――というか、なんと普通にインモラルでロマンチックなので、山藍作品入門に最適かと。
一癖も二癖もある男たちなのに妙に可愛げがあって、なんだか愛しくなってしまう。美意識を
感じさせる表現がことさら読み手の妄想を煽っているのかもしれない(笑)。
個人的にはもっとあざといストーリー展開をしてほしかったかな。

各巻それぞれ下記の通り副題がついており、検索するときにはそちらの方がヒットしやすい
かもしれない。
1、仮面―ペルソナ―/2、葛藤―アンヴァレンツ―/3、二重自我―ドッペルイッヒ―
4、採集家―コレクター―

また、CD化もされており、ノーブルなロスフィールドを、この手のドラマにはもう出演しないと
宣言されていた速水奨さんが上品にあてているのだけど、ちょっとしか出演していないジン役
の塩沢兼人氏が妙にカワユクて、ちょっとびっくり(リリコさん、CDのご協力感謝♪)。



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闇を継承する者日影成璽 1993年/白夜書房

――嗚呼、この薔薇は病んでいる。


内容
一話完結タイプの中篇集からなるシリーズ作品。『夜想曲』『歪んだ真珠』『棘のある木』の三
巻まででている。
北署に配属になった刑事・真田邦彦は、そこで日影成璽(ひかげじょうじ)と出会う。強烈に惹
かれる真田だが、日影の殺人を目撃する。
動揺する真田を誘惑する日影。肉体関係を持ったことで、真田はますます日影に心惹かれて
いく。やがて真田は、日影がかつて囮捜査のときに逆にヤクザに囚われ、男達の肉欲を満た
す性奴へと調教されたことを知る。日影は、自分を蹂躙した男達を、一人ずつ、残酷な方法
で殺していたのだ。だが日影の肉体は、性奴にされた調教を忘れられなかった。


書評
病んだ薔薇のような美貌とは、なんと耽美な表現だろう。妖しげで淫靡で官能的、そしてこれ
でもかと言わんばかりの陵辱シーンと、一言で言えば……山藍さんだあ(笑)。
美しく気高く冷たい印象をもつ日影は、その内側には陰湿な狂気を抱えている。刑事という
身分にも関わらず復讐のために殺人を犯し、その罪に興奮する血をなだめるために肉欲を貪
る。そんな日影の激しいギャップが読み手を惹きつける。
ミステリあり、刑事物あり、監禁陵辱物ありと、一話ずつ趣向が異なるが、ストーリーはうね
るように方向性を持って進んでいく。真田と日影の二人が惹かれあうのは転生魂ゆえなど、
ロマンチックな設定もあるが、内容はハード。この迫力は読まないとわからない。
日影と相姦関係にある兄たちによって真田暗殺指令が出たり、日影はどうやら鬼神の転生ら
しいとか、伏線のほとんどは出揃っていると思われるが、今のところストーリーは未完。既刊
の三冊も絶版。近親相姦ネタは生理的に苦手なのに続きが気になる。出るのか?



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花鬼 2003年12月/角川書店

「お前は、いくつ、わたしを裏切っているのだ?」


内容
能楽界最大流派・観月流を襲ぐ美貌の能楽師・観月鏡花。
艶かしくも美しい彼を求めて、嫉妬と欲望渦巻く男たちの狂宴が始まる―。
甘美な官能の世界を描いた禁断の愛の物語。(本書帯より)


感想
『花夜叉』の続編だが、これ1冊でも読める。能楽の流派をつぐ美貌の能楽師――それだけ
でも想像がつくだろうが、バリバリ耽美である。SM度も高いが、あくまで美しく表現できるの
はさすが山藍氏。
硬質な美貌の鏡花が、強要された屈辱的な享楽であるにかかわらず、開発された肉体の方
は快感をむさぼってしまう。その奥底から彼の深い哀しみが漂ってくる。
彼の美しさ・儚さに魅せられる者たちに翻弄される鏡花。だが鏡花は周囲に流されているよ
うで、実は周囲が踊らされているのだ。そんなたおやかな鏡花の下克上ぶりに魅せられる。
鏡花のための裏方に徹し、計算高く観世流を操る鏡花「命」の世話役・真木の胡散臭さにも
味がある。希望を言えば、もっとあざとく暗躍させて欲しかった(笑)。
そして何よりも、挿画の小林智美さんにびっくり。なんでも出版社から修正が入ったとか。同
人誌以外でこんな官能的なイラストを見たのは初めてじゃないかな。



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完全版 虹の麗人 1995年6月/コアマガジン(初出・1992年/白夜書房)

「…わたしは、出来損ないのヘルマフロディテだから……」


内容
「ちょっぴりハードでスリリングな恋を夢見る貴女のための」男同士のハーレクインを書くという
企画で書かれた作品で、同人誌で発表された。尚、同企画には『冬の星座』『アレキサンドラ
イト』がある(この二作品についてはまた今度♪)。

研究所で働くイリスは、その身体の秘密ゆえ、人を殺してしまった過去を持つ。両性具有の
性のために両親からも否定され、心に深い傷を抱えるイリスは、頑なに心を閉ざす事で自分
を守ってきた。後見人であるクラーク・ダリ伯爵はイリスの立場とその心を心配し、自分のこと
ろに来ないかと申し出る。しかし、生態学研究所の所長という肩書きを持つクラーク・ダリにま
つわる忌わしい噂ゆえに、イリスは彼を警戒し、怖れてさえいた。
だが、その身体の秘密を知る男の出現でイリスは追い詰められ、悩みぬいた末に、クラーク・
ダリ伯爵の申し出を受け入れる。
研究所に連れて行かれるはずのイリスは、クラーク・ダリの居城に迎えられる。戸惑い、慄き
ながら、イリスはクラーク・ダリによって愛することに目覚めていく。

書評
私が初めて触れた山藍作品だけに印象深く、また、数年ぶりに再読しても充分楽しめた。
広大な城、天蓋付きベッドや四つ脚のついた陶器のバスタブ、レースやシルクのナイトウェア
といった美しいシチュエーションが、耽美…というか、ハーレクインなのだろうな。ハーレクイン
はほとんど読んだことがないのでその定義がよく分からないのだが(汗)。

両性具有という異形の身体を嫌悪するイリスが、クラーク・ダリによってゆっくりと自分の性を
受け入れていく。その過程が、妙に健気なのだ。
「男性」として必死に生きてきたイリスにとって、自分の中の「女性」を忌まわしいものでしか
ない。自分自身の性すら受け入れられないイリスには、性的な行為は恐怖でしかない。
だが、それを強要された身体は悦楽に惑乱し、イリスは頑なな心と、悦楽に溺れる身体との
間で戸惑い、恐れる。イリスが受ける衝撃や怯え、そして決して認めたくない甘やかな心の
震えが伝わってくる。やがてイリスは、クラークを受け入れ、「愛されている」自分自身をも受
け入れていく――愛は偉大だ(笑)。

互いが言葉足らずだったり不器用さゆえ、誤解が誤解を招いてしまうあたり、もどかしいのだ
が、そこがミステアスな雰囲気を醸しているように思う。現在では両性具有で生まれた場合、
手術によって性を定められるし、他にも気になることもあるのだけど、それは読み終わって、
頭が冷静になってからのこと(笑)。ぐいぐい物語世界に引き込んでいくあたりは、さすがだ。
(山藍さんにしては)ハードな行為はないが、うっとりとエロティズムに酔える。

2000年11月に『虹の麗人―イリス』 としてバニラ新書(コアマガジン)から、安曇もかさんのイ
ラストに変更して再販されている。リニューアル版の安曇もかさんの絵は玲瓏な美女で、前
の春日聖生さんのイリスは可憐なイメージ。私の中ではすでに春日聖生さんのイラストでイン
プットされているのだけど、イラストの印象でその性格も全く違って見えるのが面白い。

補足:2006年、宙出版より「イリス-虹の麗人」再販。


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アレキサンドライト 2006年2月/角川文庫

初版:1992年/白夜書房 再販:1995年/コアマガジン新書版ハードカバー

内容
流れるような黄金の髪と怜悧に煌く緑潭色の瞳を持つ美貌の貴族シュリルは、隣国の軍
人、マクシミリアンに捕らえられた。彼は、妹を死に追いやったシュリルに復讐を企んでいた
のだ。シュリルは贖罪のため、マクシミリアンにその身を差し出す。想像したこともない屈辱
に翻弄され、貶められるシュリルだったが―。憎しみと禁断の愛に彩られた、官能の美を描く
衝撃の耽美ロマン。(「BOOK」データベースより)

書評
山藍さんらしい、ノーブルな香り漂う耽美な――これはポルノグラフィである。
タイトルの「アレキサンドライト」とは、光によって緑色であったり紫色に変化する宝石で、作中
では、シュリルの両性具有の性を象徴している。
虜囚にされたシュリルは、屈辱的な陵辱で、性の悦楽をたっぷり仕込まれることになるのだ
が、その描写のあけすけさは、いっそ厳粛なくらい。とにかく念の入った描写で、官能というも
のをフレグランスのように立ちのぼらせている。
暴力と絶対的な権力が支配する世界に晒されながら、肉体と心はいつも背を向け合ってい
る。エロスの深淵とはそういうものなのだろう。

私がエロティックだと感じるのは、だらしないものではなくて、崩れないでいようとする緊張が
芯にあるようなものだ。山藍さんの作品には、いつもそんな張り詰めたものがある。
そして濃厚な官能を放出しつつも、その尋常ではない世界から、やがて荒涼とした寂しさが
滲み出てくる。その寂しさは、愛を渇望する、熱く切ない思いだ。崩れまいとする緊張は寂し
さを湛えて、読み手を絡めとり、胸をうつのだ。

悦楽に蝕まれたシュリルの肉体は、人の手に触れられたところから腐っていく
ように爛れていくことはなく、男との別離の時間が、彼をふたたび、蒼い、清麗な
花へとかえた。

いかがだろう。この流麗な文体から立ちのぼる官能、これこそが耽美というものだろう。
恋とは、とびきりの美貌と、粋なちょい悪っぽさと、殺し文句と、破滅を恐れない勇気があっ
て、はじめてできるものかもしれない。

尚、2006年2月に角川文庫で、大幅な加筆修正のもとに再販。驚いたのは、角川ルビー文
庫ではなく、一般書として出版されていること。角川さんてば、チャレンジャーだわ(笑)。


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王朝恋闇秘譚 2002年7月/角川書店

内容
王朝の世に咲く妖しい花、笛人の綾王。男たちを魅了し、惑わすことを生業とする彼のもと
に、ある夜、謎めいた文が届き―復讐がはじまった。
平安の世を舞台に官能の美を描いた至極の愛の物語。(本書帯より)

感想
舞台の平安という時代に、私はどうも艶冶で妖し(陰陽師とか)の世界という妄想を膨らませ
る癖がある(笑)。ついそのイメージを刷り込んだまま読んでしまった…あうあう。
美貌の綾王は、弟と守るために中童子(性欲処理のための稚児)となる。心の伴わない行為
では相手を適当にあしらえた綾王だったが、愛憎の狭間に置かれたとき、彼はその愛欲に
溺れ、翻弄される。そのあたりの展開は、山藍さんらしい耽美。
支配する者とされる者という社会構造で、綾王は最後まで弱者として描かれている。最後に
救いがあるものの、苦手な方はホントにダメかもしれない。実は私がそのクチで……鬼畜で
もSMでも、たとえ相手がジジイでもと、許容範囲は広い私だけど、唯一、近親相姦ネタは生
理的にどーしてもダメなんである。
ちなみに半分以上が官能シーン。とっても淫靡で淫ら(笑)。



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