間の楔(あいのくさび) 『小説JUNE』1986年NO22〜27号連載/1990年 光風社出版
| 2001年 文庫化 「間の楔 帰って来た男 1〜3」
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――完全に堕ちた。
▼内容 中枢的人工知能 ユピテルが創り上げた人間が支配する近未来都市タナグラ。その歓楽都 市ミダスの第9エリア ケレスは、かつてユピテルに反旗を翻したものの、圧制された地区だ った。住民は市民権を剥奪され、スラム化して最下層に喘いでいる。
そのケレスに、リキは居た。不良グループのヘッドである彼にはカリスマ的魅力があり、気性 の強さ、決断力、それでいて彼の容姿は男たちをもそそる色香をそなえていた。
人間はペットとして交配され育成され、性の奴隷として売買の対象とされるタナグラに
あって、生命の誕生も性別も中央に統制されている。そのため、めったに女の姿のないケレ スでは、男は男の性の対象でもあったのだ。
一方、ユピテルの創生した人間の中でも支配階級にあり、ブロンディと称されるイアソン・ミン クという男がいた。
ユピテルにあってイアソンは、完璧な知能と怜悧な美貌を持つ誉れ高き人工体であった。
偶然の接触からイアソンはリキを愛玩物として飼いはじめる。
支配を拒否しながらも快楽におぼれるリキ。
ブロンディであるイアソンがスラムの雑種をペットにしたのは、ほんの一興であったはずだっ た。だが、イアソンはやがてリキを愛するようになる。
エリート人工体が持ち得ない感情――下等な感情として蔑むべき情愛を持ってしまったイア ソンは、決して心を許さないリキに対し、いっそう執着心を深めてゆく。
そんな中、リキの仲間であり、かつては恋人でもあったガイは、リキをを取り戻すために、イア ソン=絶対権力に立ち向かっていく。そして運命は、大きく変わってゆく――。
▼書評
今さら説明することもないと思うのだけど、言わずと知れた(一部では伝説ともいわれている が)JUNEの大作。SFとJUNEを結びつけた画期的な作品でもあった。
この作品は当然ながらフィクションである、なんて改めて言うと失笑を買うだろう。なんといっ ても設定はSFだ。夢物語にすぎない。
だが妙に生々しく、リアルなのだ。すべてを凌駕してリアルなのだ。
つまりリアルとは、それがフィクションなのかとか現実なのかが問題ではなく、皮膚感覚ある いは身体感覚に迫ってくるもの、魂に訴えてくるものであれば、それがリアルなのかもしれな い。
もちろんそれは、世界感や人物描写、濃密な心理描写が丹念に描かれているからだ。
同性同士の行為も含めてJUNEとか耽美いう架空と世界に、生身の匂いをかぎつけた作品 だった(笑)。
完璧なる人工体イアソンが本来持ち得ないはずの情愛を、「不完全な人間」リキに抱くという 設定の妙味もさることながら、互いの屈折した行動の中に赤裸な情感が見え隠れして、やる せなく切ない。
| そういう歪んだ絆でしかつながっていられないふたりであった。
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支配する者と服従せざる者――それぞれが己の所属する世界に蹂躙され、翻弄されながら もひたむきな生き様は濃厚な存在感を読む者の心に刻みつける。
また他のキャラクターも、それぞれの抱える背景を丁寧に描き、重い哀感を醸している。
セックスシーンが濃厚なのはいつも通り(笑)。だが、冷たい刃物を突きつけるような硬質な 文体が甘ったるさを払拭し、作者特有の乾いたロマンティシズムが一層際だっている。
| ふたりで底の底まで堕ちたなら、何かを共有できないかと……
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| たぶん、それが空しいあがきだとは知りつつ、結局、その捨て場所は、
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偶発的邂逅から始まって、尊厳(プライド)や情愛、執着に悶え、苦悩しながら、彼らはその 先にあるものを求めて足掻く。
ラストに向かって醸し出される緊迫感。そして物語は衝撃的な終焉を迎える。
ハッピーエンドではない。
だが、余韻ある結末が語られ、それゆえにくだんの顛末が胸にせまり、「間の楔」というタイト ルがまばゆい光彩を放つのである。
今読んでも肌が粟立ち、鼻の奥がツンとしてしまう心に残る傑作である。
尚、続編として「ミッドナイト・イリュージョン」(光風社)が出ている。
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