久能千明 くのう ちあき


1993年『陸王 リ・インカーネーション』(桜桃書房)でデビュー。この作品はページ数の関係もあるのだろうが、正直なところ、それぞれの事象の突っ込み方が物足りず(のちに『風と杜神』で氏自身も同様のジレンマがあったと述べている)もったいないなぁ、と思ったものだ。
だが、この一作目で私はころりと参った。つまり、氏自身も感じていたという消化不良のような状態を、作品を読み続けることで解消されるのではないかと思ったのだ。
実際、代表作となる『青の軌跡』では、相手と対峙することの反作用として自分自身の弱さにも直面せざるをえないところから、丹念に追ってゆく内省が魅力的に描かれ、本領発揮。思わずにんまりしてしまった。
『陸王 リ・インカーネーション』の後書きに、
「私は人間同士の心理的な距離が縮まってゆく過程が好きです。そしてそのつながりに最終到達点はないと思ってもいます。そういう意味では、身体的なつながりはあくまでも表現方法の1つであって、必要十分条件ではないと思います」
とある通り、恋愛に固執しないストーリーは、ボーイズラブというジャンルとは微妙な距離感を感じる。愛とか恋とかに夢を抱くには少々ひねりの入っている私は、そこが好き。
繊細な心理描写を得意とされ、1作ごとに用意される舞台設定の独自性には、画一的な作品が多いBL界においては新鮮な印象を受ける。
代表作は『青の軌跡』シリーズなど。

■ 風と杜神
 グレイ・ゾーン
 月の砂漠殺人事件(上・下)






風と杜神 1994年桜桃書房、1996年新販

少年は男ではない。男になるのだ。


内容
緑深い早岐咲山の杜神であり、龍の化身である伊織は、深夜に泉に佇む幼い少年と出会う。少年の名は結城道鷹。彼は結城郷の新しい領主として、領地の水系を操る杜神に、取引を申し出る。自分が成長するまでの5年間、水による災害が起こったら一度だけ防ぐ。代償は己の命。そう言い切る幼い領主の矜持の高さが好ましく、伊織は取引を承諾する。
それから数年、取引が成就される必要もなく、心身共にたくましい「男」へと成長した道鷹と、何ひとつ変わらぬ伊織がいた。
伊織の力ではなく、伊織そのものを見つめる道鷹の真摯な視線に、伊織は戸惑う。
一途に心を傾ける道鷹を、伊織が受けとめかねているうちに、道鷹の身辺に不穏な空気が流れ始める。義母の手引きによる道鷹の暗殺未遂を発端に、遂には結城郷をめぐって戦へと向かっていく。
久しぶりに伊織を訪なった道鷹は、強引に情交を結ぶ。その行為には伊織との決別がこめられていた。その翌日、圧倒的に不利な合戦に臨む道鷹がいた――。

書評
粗筋だけ読むと、まったくどうってことのない小説に思えるかもしれないのだけど、大人の男へと成長してゆく道鷹と、歳をとらない伊織の心の動きを丁寧に追いかけていて、つい引き込まれてしまった。
千秋一日のごとく、まったりと時の移ろいを見つめている伊織にとって、人とは一陣の風のようなものだ。その伊織が、熱い風(道鷹)と出会い、その激しさに戸惑いつつ、やがて道鷹の恋情を知る。だが互いの上に流れる時間の相違が、伊織にそれを理解させない。

「ただ優しくするくらいなら、いっそ俺を憎んでくれ」

表裏一体となった愛憎に身を焼く道鷹の激情にさらされながらも、伊織自身が恋という感情を知るまでには、やはり時が必要なのだ。遥かに長い時間を生きてきた伊織が「まだ知り染めし」恋に戸惑う様が、妙に可愛くいとおしい。
また、対照的に適当に人間と付き合ってきた伊織の同族、祇汪(ぎおう)の、頼りがいのあるすけこまし振り(笑)が、ぴりりと利いて小気味よい。
戦国時代が舞台のうえ龍の化身などでてくるが、専門用語などはでてこないので時代設定が苦手なかたでも意識しないで読めるのではないだろうか。

尚、新版に収められている書き下ろし番外編『寂しさの棲む場所』の、どうしても叶わなぬ相手を想い続ける匠と、不思議な雰囲気を持つマスターとの物語は、実は伊織を見守り続ける祇汪と、道鷹を失ってもなお彼を思い続ける伊織の、ちょっと切ないストーリーなのでした。






グレイ・ゾーン (2002年7月/発行 角川書店)


帯の“自制心は、品切れだ”のあおり文句にくらくら(笑)。
トップエリートの警察官片岡阿久利に憧れて警察官になったキャリア警部補の香坂譲。2年前に突然警察を辞め、完全に姿を消してしまった阿久利と街中で偶然出会った譲は彼を引き止めようと肉体関係をもつ。
超一流弁護士(と名刺にある)由利と共に警察とは対極の仕事をしている様子の阿久利に、「もう、俺には近づくな」と言われてしまう。
しかし諦めきれない譲は管轄外の捜査を始める……。

前半を阿久利と譲の関係にページを割いてるので、事件については結構あっさり解決してしまい少々消化不良かもしれないけれど、その2人の関係こそがメインテーマなのだろう。
素直になれない男たちのプライドと純愛を、久能さんお得意の繊細な心理描写で読ませてくれます。
そして、これまた久能さんお得意の、BLらしからぬ気が強くて男気がある「受」も健在(笑)。
単行本なので少々高いのがタマにキズ。でも2段組なので読みでがあるので嬉しい(笑)。






月の砂漠殺人事件(上・下) 
1997年/ムービック・GENKI NOVELS/ 2004年09年 ダリア文庫(フロンティアワークス)再販

内容(本カバーより抜粋)
「あんた、誰?」再会した幼馴染の箕輪夏彦は七瀬瑞貴のことを覚えていなかった。それ以来夏彦を避けていた瑞貴だったが、ひょんなことから一緒に旅行をするハメに…。旅館に到着した4人は、その主人である美青年涼也と出会う。心近づけていく涼也と夏彦に苛立ちを抑え切れない瑞貴。そんな時、旅館で密室殺人が起きる。渦中にある涼也と夏彦との間に流れる甘やかな空気に、瑞貴は苦しいくらいの切なさを感じて初めて恋を自覚する。縺れた心と事件の行方は――!?

 書評
人はなぜ人を理解したいのだろう。なぜ自分を理解してほしいのだろう。それはたぶん、人間が孤独を知る動物であり、孤独であることに弱いからかもしれない。相互理解を求める心理とは、相手に理解され認められることで、自分自身の価値を自分が認識することだろう。それゆえ、すれ違って苛立ったり、理解を求めて足掻いたり落ち込んだりするわけで。
このシリーズは、そんな自分探しに一番多感な高校生という年代を中心に据えて、相互理解にいたるまでのすれ違いと足掻きをテーマにしている。
家族という守る相手がいることに自分の存在意義を求める夏彦や涼也も、年月を経て再会したものの相手の変化に戸惑い苛立つ瑞貴も、求めるのは相互理解だ。
だが「相手を守る」ことで自己完結させてしまっている夏彦や涼也に対して、瑞貴は苛つきながらも、相手を貪欲に理解しようとする。理解し理解されたいと頑張る瑞貴の、がむしゃらな足掻きはいっそ清々しい。その足掻きは、やがて夏彦や涼也の「守りたい症候群」にも波紋を投げかけるのである。殺人未遂事件はどちらかというと、そのための道筋をつける舞台装置のような役割り。推理自体は簡単だが、哀愁おびた「月の砂漠」のメロディーが印象深い。
同シリーズ作品に、『誰もわるくない』『キーワードは雨』がある。




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