平成14年4月/新潮文庫
第5回小説新潮長篇新人賞受賞作品の まったり系時代小説。 江戸の幇間(ほうかん)一八は、ひょんなことから四国・讃岐の2万5000石の小藩・風見藩に来ることに。職業柄、派手な着物で悪目立ちするとはいえ、それ以上に道行く人皆に怪訝な顔を向けられ、さすがの一八も落ち着かない。 偶然行き合った青年武士・飛旗数馬から、どうやら先々代の藩主の命により、この藩では男は城を右回り、女は左回りで歩かなければいけないと教えられる。どうやら男の一八が左回りで歩いていたので変に思われたらしいと、ようやく納得する次第。 生き馬の目を抜くお江戸の幇間と自負する一八は、転んでもただでは起きない主義である。さっそくお知り合いになった数馬に取り入り飯でも奢らせようと思いきや、逆に奢るハメに。それもそのはず、数馬は武家の次男坊の部屋住み、俗にいう冷や飯ぐい。つまり金がまったくない。 ない袖は振れないわけで……。
そんな冷飯と幇間の珍妙コンビが、あっちへ顔を出し、こっちに首を突っ込んでいるうちに、やがて小藩の運命を左右する事件に巻き込まれていくのだが、生き生きと動き回る様がなんとも楽しい。 数馬や風見藩の面々が真面目に行動しながら醸しだす天然ぼけには、さすがの一八も暖簾に腕押し。和やかで朴訥とした外見とは裏腹に、芯が一本通っている。自分をしっかり持っている。だからこそ藩主の珍妙な命(めい)に振り回されながらも、傍目に見えるほどには影響は受けていない印象だ。 数馬と、その冷飯仲間たちの冷飯ぶりも、愉快ながらに一抹の哀れを漂わせ、それも本書の読みどころの一つ。 一方、一八といえば、「浅葱裏(田舎武士)よ」「冷飯よ」と内心バカにしながらも、数馬が気になって仕方がない。この二人の対照的な性格が、様々な場面で発揮され、味わい深い可笑しさがある。
一八の訪問の真の目的、藩主と田沼意次との確執などを背景に織り込みながらの語り口は実に軽妙世洒脱。こういう展開を見せる物語も珍しいんじゃないかな。伏線の生かし方、最後のどんでん返しもお見事! 表紙や挿絵の柴田ゆうさんは『しゃばけ』のイラストを描いた方だが、のんびりほんわかしたこの世界にぴったりはまって、いい雰囲気。
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