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村上 龍 (むらかみ りゅう)







半島を出よ(上・下)

2005年3月25日/幻冬舎


世界中で紛争が繰り返されているし、アジアでは反日感情が高まり不穏な空気が蔓延している。にもかかわらず、日本は戦後60年かけて平和に浸りきった国となった。
自分の周囲はきわめて平穏だし、毎日はあたり前のように過ぎていく。けっして貧しいわけでもなく、モノも金もその気になれば手に入れることができる、豊かな環境の中で生活している。それは幸せな社会なのだろう。それなのに、どこかおかしい。なんとなく…でも具体的に示すことができないけれど、漠然とした不安だけが立ちつくしている。でも、そんなことで悩んでいられるのも自分の周囲が平和だからだ…たぶん。この作品は、そんな平和ボケの社会に痛烈なしっぺ返しをしようとしたのかもしれない。

2011年4月初旬の近未来が舞台。密かに北朝鮮のコマンドが福岡の海岸に上陸した。日本語と殺人技術に長けた彼らは、たった9人で開幕戦の福岡ドームを武力占拠してしまう。
2時間後、複葉輸送機で484人の高麗遠征軍と名乗る特殊部隊が上陸し、市中心部を制圧した。彼らは北朝鮮の「反乱軍」を名乗る。しかし実質は金正日の侵略軍で、日本を無視して米朝緩和政策と、中国・韓国の暗黙の了解のもとに行動された金正日の大博打であった。日本は世界になめられたのだ。
だがなめられても仕方がない。とことん平和ボケに浸った日本政府は、交渉という対処の方法すら見失っているのだ。
頼みの綱のアメリカは、相手が「反乱軍」を自称している以上、日米安保は発動しないという。当然、国連安保理も無反応だ。
コマンドは簡単に住基ネットに侵入する。情報提供も資金調達も、福岡の公務員や銀行員が協力する。羊の群れと化した日本人が占領軍になびいてしまうのは、昔から持つ性癖かもしれない。
財政破綻し、国際的孤立を深める近未来の日本に起きた未曾有の危機――だが、日本政府は武力で対抗する決断を下せない。その代わり、あきらめてしまうのだ。
あきらめたからこそ、政府は九州を閉鎖する。なにも見なかった、起こらなかったかのように。
う〜ん…今の政府をみていると、ありそうでコワイ。
そこで、反乱軍はなぜ自分の国で反乱しないのか、という当たり前のことに気づくのが18人の少年と2人の中年ホームレスだ。だが彼らはヒーローではない。殺人者、武器マニア、毒虫マニアなど、今まで世間から異端視される個性的というより…壊れた人間たちなのだ。
彼らはコマンドに対抗すべく、破壊行為に夢中になる。互いに力を合わせ、助け合うことに楽しささえ感じる。彼らは初めて生きる目的を持ったのだ。

この小説は怖い。そして辛い。それは戦後60年かけて醸造された平和ボケ社会が陥る「現実」が残酷なまでにリアルに描かれているからだ。
異端者たる20人の強烈な個性をあえて全面に押し出さず、集団として描いたのも、個人としての闘い=行動ではなく、日本という国家のあり様を押し出そうとした結果だろう。

ストーリーとしてはあまり大きな捻りがあるわけではなく、結末は途中で見えてしまう。でも終盤まで引き込む緊迫感と迫力は充分。変に甘ったるくしなかったところがいいやね。エンタテインメント作品としても読みごたえがある。




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