1977.6 ハヤカワ文庫(早川書房)/重版あり
ふと思い出したらどうしても読みたくなって、10年振りくらいに(もっとかも)再読してみた。
退屈な入院生活を送るグラント警部は、ふとしたことから手にした肖像画を見て疑問を抱く。誰とは知らずに絵から感じた印象は、「弁護席に座る人物」 「良心的すぎる」 「不幸に苦しむ人」だった。しかし、その人物こそ英国史上最も残虐非道で知られ、無実の甥を殺し王座についたと言われる薔薇戦争時代の王・リチャード3世だった。
「顔で犯人を見分けられる」と豪語して自分の直感を信じるグラントは、この王が果たしてそのような人物だったのかと疑問を抱く。
シェークスピアによって世界的にその名を轟かせている悪名高いリチャード三世だが、実は良識ある君主であり、彼が行ったとされる悪行はすべて後世の歴史家によって捏造されたものである事を、同時代の資料をもとにグラントによって論証されていく。その一つ一つきちんと考察していく過程が、小泉喜美子氏の名訳もあってとても味わい深い。
歴史好きな私だが西洋史への関心は薄い。その上、イギリス史の中でも特にややこしい薔薇戦争時代の話なので、頭の中がごちゃごちゃになるのだけど、「事件の前後、誰がどこで何をしていたか?」という探偵小説の常套を踏んで、人の動きを追いながら事件の真相を探るという手法に夢中になった。
高木彬光氏も影響を受けた寝室探偵物の古典的名作で、永井路子氏も同様の手法で実朝暗殺について書いていた記憶が…微かにある。歴史こそミステリの宝庫ってことかな。
歴史ミステリは、作者が「史実」をでっちあげる訳にはいかない。歴史学者と同じフィ−ルドに立ち、さらに「小説」として独自の歴史を積み重ねていくわけだ。それを高いレベルで成し遂げた本作は、何度読み返しても感銘を受ける。間違いなく歴史ミステリの傑作で、一読の価値あり。
尚、タイトルの『時の娘』は「真理は時の娘、権力は娘にあらず」という哲学者ロジャー・ベーコンの言葉からとられたそうだ。
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