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「フランチェスコの暗号(上) (下)」イアン・コールドウェル&ダスティン・トマスン
「時の娘」ジョセフィン・ティ
「荊の城 (上) (下)」サラ・ウォーターズ






フランチェスコの暗号(上) (下) イアン・コールドウェル&ダスティン・トマスン

 2003.8 二見書房(文庫)


1947年、ローマ郊外の教会に二人の使者が向かう。彼らは貴人からの密書を携えていたが、禁を破って中味を盗み読みをした罪で処刑された。
時は移り、1999年。プリンストン大学4年生のポールは、ルネッサンス時代の古書「ヒュプネロトマキア・ポリフィリ」の暗号解読を卒論のテーマに奮闘していた。ポールにとっては、「ヒュプネロトマキア・ポリフィリ」の秘密を解くことこそ、自らの存在目的でもあった。
大学の寮で同室のトムとは、「ヒュプネロトマキア・ポリフィリ」の謎を通じて、固い友情で結ばれている。さらに同室である個性的な友人チャーリーやギル。それぞれが大学生活最後のひと時を、様々な悩みや思いを抱えながら過ごしていた。 ところがポールの卒論が完成する間近になって、彼の周辺に事件が起きる。

これは歴史ミステリというより青春小説だったらしい。というより、最初はこの「青春」が謎解きを邪魔してるとしか思えなかったのだけど……。うーん、友情っていいなあ(ちょっと照れくさい)。古書「ヒュプネロトマキア・ポリフィリ」の謎をめぐって物語は進行するのだが、暗号解読よりも、大学生4人の不安定に揺れる時期の友情と恋愛の比重の方が大きい。実は私は、暗号解読の本格歴史ミステリと勝手に期待していたので、上巻では「いつ謎解きが始まるんだ?!」と、かなり戸惑った。

トムは、父がその一生を研究に費やした「ヒュプネロトマキア・ポリフィリ」を半ば恐れ、また魅せられてもいた。大学でポールと出会うことで、トムは再び古文書を強く意識することになる。だが古文書の謎解きへの情熱は、トムとポールの道を分けることにもなり、さらに彼らを事件に巻き込み、それは同部屋の四人の道をも分かつことになる。

大学時代とは、いわば人生の執行猶予期間みたいなものだ。悪戯やゲーム、時にはパーティに浮かれ、あるいは必死にレポートに取り組んだりと、その時々に向ける情熱は若さゆえのエネルギーだろう。だが彼らの執行猶予期間は終わろうとしている。ついに現実社会と向かい合うときが来る。大学という共通項を失ったときから、彼らはまったく別々の道を進むことになる。それはもちろん古文書のせいではなく、しかし、やがて彼らは「ヒュプネロトマキア・ポリフィリ」に捧げた青い情熱を、大学生活という過去とともに懐かしく、そしてほろ苦く振り返るのだろう。青春時代とはそういうものだから。
作者が描こうとしたのは、そんな大学卒業を目前にした彼らの、無条件に情熱を傾けられた青春への決別であり、しがみつこうとする友情であるのかもしれない。

その軸となるのが『フランチェスコの暗号』解読なのだけど、柿沼瑛子氏のあとがきによると、「ヒュプネロトマキア・ポリフィリ」は1499年に刊行された実在の書物なのだそうだ。ルネッサンス繁栄の時代に書かれ、その中味はラテン語を始めとする数々の言語、思想、美術学、建築学、数学、解剖学、聖書のモチーフなどあらゆる分野の知識を必要とする、とんでもないものらしい。
この「ヒュプネロトマキア・ポリフィリ」を暗号とする設定が、どこまでが事実でどこからが創作なのかが判然としないのだが、本書によってこの古文書を初めて知ったということもあってか、なにやら妙に掴みどころがないというか……はっきり言ってしまえば、なかなか興味が持てなかった。そのためだろうか。謎解き部分と4人の大学生活部分が少々ちぐはぐな印象がある。
青春物語としては秀逸だけど、解読された暗号に納得するかどうかは、読者次第って感じかな。






アップ・カントリー (上) (下) ネルソン・デミル

2003年11月 講談社文庫


軍務を退いた陸軍犯罪捜査官ポール・ブレナーは、元上司のカール・ヘルマンに呼び出された。ヴェトナムからアメリカ軍が撤退して30年たった今になって、戦争中、アメリカ軍中尉を大尉が射殺した現場を目撃したという、北ヴェトナム兵士の手紙が見つかったのだ。
被害者も犯人らしき大尉も特定できぬ事件の真相を調査するために、ヴェトナムに向かって欲しいと依頼される。しかも民間人の身分で入国し、ヴェトナム当局に目的を悟られることなく、調査を遂行しなければならない。
ヴェトナムでブレナーを待ち受けていたのは、ヴェトナム戦争に2回従軍した彼の過去へのフラッシュバックと、公安当局のマーク、そして現代のヴェトナム社会だった。
アメリカは誰かを特定できているのか。動機の解明はなされるのか。そして、30年たった今、アメリカが事件の調査に乗り出した理由は?

本書解説の吉野仁氏は、
「犯罪捜査小説、観光小説、ロードノヴェル、戦争小説、謀略スパイ小説 、恋愛小説などひとつのジャンルでは到底くくれない要素をたっぷり備えている」
と語っている通り、あらゆる要素が詰め込まれている。
確かに読みごたえがあるなのだが、主人公の記憶と取材の時の情景に充分すぎるくらいページをさいており、そのため物語の視点が分散してしまい、物語のスピードを損ねている感じ。そこは作者の思い入れの深さなのかもしれない。
もう一つは、ここで描かれる物語の中の「真実」や「正義」は、あくまでアメリカ側から見たそれなので、「そりゃ、あなたはそーかもしれないけどさー」と茶々入れたくなることもあるし、ヴェトナムの人々の描き方が少々斜に構えているようで鼻につく――これは私が、現在のアメリカ帝国主義に対して斜に構えた見方をしているせいか?

ブレナーが自分の中にあるヴェトナムに向き直り、何かを掴んでいく過程は読み応えがあるが、肝心なミステリ部分のストーリーが動き出すのは下巻に入ってから。
本来の事件の調査そのものは終盤になって慌しく展開するので、衝撃的なのかもしれないが緊迫感はあまり迫ってこない。大作なだけにもったいないと思ったりもするのだが、なにより分厚い本を読んでいく楽しみは捨て難い。……って、これは、たぶん京極病(笑)。






時の娘ジョセフィン・ティ

1977.6 ハヤカワ文庫(早川書房)/重版あり


ふと思い出したらどうしても読みたくなって、10年振りくらいに(もっとかも)再読してみた。
退屈な入院生活を送るグラント警部は、ふとしたことから手にした肖像画を見て疑問を抱く。誰とは知らずに絵から感じた印象は、「弁護席に座る人物」 「良心的すぎる」 「不幸に苦しむ人」だった。しかし、その人物こそ英国史上最も残虐非道で知られ、無実の甥を殺し王座についたと言われる薔薇戦争時代の王・リチャード3世だった。
「顔で犯人を見分けられる」と豪語して自分の直感を信じるグラントは、この王が果たしてそのような人物だったのかと疑問を抱く。

シェークスピアによって世界的にその名を轟かせている悪名高いリチャード三世だが、実は良識ある君主であり、彼が行ったとされる悪行はすべて後世の歴史家によって捏造されたものである事を、同時代の資料をもとにグラントによって論証されていく。その一つ一つきちんと考察していく過程が、小泉喜美子氏の名訳もあってとても味わい深い。
歴史好きな私だが西洋史への関心は薄い。その上、イギリス史の中でも特にややこしい薔薇戦争時代の話なので、頭の中がごちゃごちゃになるのだけど、「事件の前後、誰がどこで何をしていたか?」という探偵小説の常套を踏んで、人の動きを追いながら事件の真相を探るという手法に夢中になった。
高木彬光氏も影響を受けた寝室探偵物の古典的名作で、永井路子氏も同様の手法で実朝暗殺について書いていた記憶が…微かにある。歴史こそミステリの宝庫ってことかな。
歴史ミステリは、作者が「史実」をでっちあげる訳にはいかない。歴史学者と同じフィ−ルドに立ち、さらに「小説」として独自の歴史を積み重ねていくわけだ。それを高いレベルで成し遂げた本作は、何度読み返しても感銘を受ける。間違いなく歴史ミステリの傑作で、一読の価値あり。

尚、タイトルの『時の娘』は「真理は時の娘、権力は娘にあらず」という哲学者ロジャー・ベーコンの言葉からとられたそうだ。






荊の城 (上) (下)サラ・ウォーターズ

2004年4月 創元推理文庫


19世紀半ばのロンドン。17歳になる少女スウは、盗品を扱う故買屋一家に赤子の時より育
てられ、掏摸を生業として暮らしていた。実の母親は絞首刑になったと聞かされている。
スウは、紳士こと詐欺師のリチャードの求めに応じ、結婚詐欺の片棒を 担ぐことになる。 その
対象はスウと同い年の令嬢・モード。スウは令嬢の新しい侍女として俗世間とは隔絶した辺
鄙な地に建つ城館に入り込む。モードが結婚すれば、死んだ母親の莫大な遺産が自由にな
るという。リチャードはその遺産を狙っており、結婚したのち、モードを精神病院に隔離すると
いう計画だった。 だが、伯父の年老いた友人たちだけが訪れるだけの、友達も遊びも、そして
愛情も知らずに育ったモードは、必然的にスウと親しくなっていく。


物語は、スウの視点、モードの視点、そして双方の視点から終盤へと濃密に展開していく。
因縁で繋がれた二人の深い情愛の絆が引き裂かれ、憎しみ合うという筋立ては目新しくない
とはいえ、それぞれの視点からの心理描写が細やかで、内包する深い闇がじっとりと浮き上
がってくるようだ。さらに城館そのものの持つ威圧的な閉塞感と相まって、足元から崩れ落ち
ていきそうな不安と、そくそくとした恐怖を醸しだしている。

単純で粗野、読み書きもできないが、けっして悪にはなれそうもないスウと、当時の貴婦人教
育でもあるのだが、すべて人任せで言いなりのモード。 だが二人の精神は強靭。登場人物
のほとんどが善人とは言い難く(ていうか、悪人)、胸くそ悪くなるような陰惨な状況も多々ある
のに、読後感が心地よいのもこの強さのお陰だろう。

ロンドンの下町風俗や城館の中の緻密な描写など、時代考証もリアルで臨場感があり、ヴィ
クトリア朝時代の猥雑な雰囲気にどっぷりと漬かれる。
物語は二転三転。そうかっ、そうきたか!とその都度騙された――悔しい(笑)。




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