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篠田真由美  しのだ まゆみ


■ 龍の黙示録
■ 東日流妖異変―竜の黙示録
■ 唯一の神の御名−竜の黙示録
■ 聖なる血―竜の黙示録
■ 紅薔薇伝綺−竜の黙示録


 未明の家−建築探偵桜井京介の事件簿
 玄い女神−建築探偵桜井京介の事件簿
 翡翠の城−建築探偵桜井京介の事件簿
 灰色の砦−建築探偵桜井京介の事件簿
  原罪の庭−建築探偵桜井京介の事件簿
 美貌の帳−建築探偵桜井京介の事件簿
 桜闇−建築探偵桜井京介の事件簿(短編集)
 仮面の島−建築探偵桜井京介の事件簿
 月蝕の窓−建築探偵桜井京介の事件簿
 綺羅の柩−建築探偵桜井京介の事件簿
 失楽の街−建築探偵桜井京介の事件簿
 胡蝶の鏡−建築探偵桜井京介の事件簿
尚、「蒼」が主人公となる番外編は未読です。

++一言覚書






唯一の神の御名 竜の黙示録 3

2003年 5月/祥伝社(NON・NOVEL)



いわゆる吸血鬼モノをキリスト教を軸に再構成し、ジャパニーズ・スパイスを絡ませた作品。
『龍の黙示録』シリーズの3作目になるが、この巻は外伝的な位置付けにあると思う。

美貌の著述家・龍 緋比古。明治期には同姓同名の吸血鬼が存在していた。
気味悪さを覚えながら柚ノ木透子は秘書として鎌倉の彼の館へ通う。一方東京では行方不明者が続出し、吸血鬼都市伝説が囁かれる。やがて透子は何者かに狙われはじめる……からシリーズが始まるが、手垢のついた吸血鬼ネタをそつなく料理したという感じで、舞台背景でなんとなく菊池秀行氏の『魔界都市新宿シリーズ』を連想してしまう。
でも、話が思わぬ方向へと流れていくあたりは新鮮かな。

3作目の本作は「龍 緋比古」の過去に焦点が当てられている。
前半は神の子イエスの意志によって与えられた「黄金の血」によって、心ならずも血肉を供えた肉体と不死の命を得た悪霊「龍」とローマ皇帝、後半はぐっと趣をかえて厩戸皇子(聖徳太子)とのストーリーとなっている。
私が歴史物が好きなせいもあるのだけど、吸血鬼の永遠の命の哀しみや人間の業など、深いテーマを絡ませつつ、それらの世界観を構築していくあたりは読みごたえがある。
「龍」の性格の、それまでの2巻との相違がちょっと引っかかるのだけど――永い年月の間に変化したと言われてしまえばそれまでだけどね。

前作を読んでいなくても楽しめると思うので、私は外伝的作品と位置づけたが、シリーズがさらに広がるにしたがって、これらの世界観が現代に結びつき、壮大なドラマと育っていくことを期待している。






紅薔薇伝綺 竜の黙示録 5

2005年 8月/祥伝社(NON・NOVEL)


『龍の黙示録』シリーズ5作目は13世紀イタリアが舞台ということで、期待していたのだけど、ちょっと肩すかし…というより私が想像していたものと違ったためかもしれない。
異端カタリ派の牙城モンセギュール陥落の日、紅薔薇を抱いて炎の中に身を投じた少女・ロザムンド。彼女は真実転生を遂げたのか。龍緋比古と4作目『聖なる血』から登場した修道士セバスティアーノはその謎を追って意識を過去の時代に飛ばして、その時代の人間に憑依(?)し、13世紀のイタリアの修道院に潜入する。だが修道院では不審な死が続く。
ロザムンドが好んだ歌を歌うピッコリーナとの出会い。そして彼女を庇ったために、セバスティアーノは異端審問官に捕らえられてしまう。修道院に隠された秘密とは?

セバスティアーノはいい味を出しているのだが、残念ながらこの時代のキリスト教の背景は魔女裁判程度しか分からないので、キリスト教暗黒史の隙間を縫って作品の世界観が構築されているのだろうけど、少し分かりにくいような気がする。ましてや異端カタリ派といわれても……読者側(私)に知識がないし。そのあたりが説明不足のために読み手が作品の世界観について行けないような気がする。
ストーリーとしてはそれなりに面白いのだが、何か物足りなさを感じるのは、作者と読者の間の知識のギャップかもしれない。

苛められていたぶられて傷ついて、セバスティアーノはいと哀れなり。S龍とMセバスティアーノの物語と錯覚しそうなほど、他のキャラクターの存在が薄く感じる。
2人の間に流れる、この妙に熱っぽい空気はなんだろう――(笑)。






建築探偵シリーズ書評
2003年12月現在、10作目まで出ている。他に外伝的な作品もある。
この建築探偵のシリーズは建築物をめぐって繰り広げられる人間ドラマがメインになっている。歴史を重ねた建物には、多かれ少なかれ、それなりの人間ドラマが秘められているものだろう。骨肉の争いやドロドロした因縁など横溝正史作品に近しい世界だと思うが、その中心に建築物を据えることで独特の世界を構築している。
人間の弱さを見つめ、見守りつつ、だが、そこにあるのは救いばかりではなく、読後感はなんともやるせない。
その点は「館」が「主」であり、人物はどちらかというと「従」である綾辻行人氏の「館シリーズ」とは対照的。これら二つのシリーズの建築物が作り出す世界、建築物との距離の取り方を対比させても面白いかもしれない……いや、私はやらないけど(笑)。




 

未明の家 建築探偵桜井京介の事件簿

1994.9/講談社ノベルス 2000.1/講談社文庫


建築探偵シリーズ1作目。
1994年5月、W大文学部美術史・大学院生3年の桜井京介は、指導教授である神代宗がヴェネツィアの研究所にいるため、教授公認の研究室の留守番をしている。
伊豆の熱川に建つ遊馬家のスパニッシュスタイルの別荘・黎明荘は、中央にすべての部屋から遮断されたパティオ(中庭)を持つ異質な構造をしていた。
別荘の取り壊しが持ち上がり、それに反対する遊馬理緒の依頼を受け、京介は助手の蒼(あお)、友人の栗山深春と共に伊豆へ向かう。
その館では理緒の祖父が死亡し、父が自殺未遂を起こしていた。
別荘の取り壊しが論議される中、不動産業者がその館で転落死する。館には祖父の残したブルーサファイヤが隠されてらしい。一連の事件と宝石は関連があるのか。館に隠された真実とは――?

探偵役・桜井京介は、朝には弱く、髪はぼさぼさ。だが、そのすだれのような前髪の下には人間離れした美貌が隠れている。ハンサムさんは性格が歪んでいるという妙な自論があるので、愛想がないわりに目的のためなら露骨なお世辞を平然と言える彼の歪み具合がツボ(笑)。そんな少女漫画ような探偵の専門は建築学。自身では決して「探偵」と認めない桜井京介と、異常なほどの映像の記憶力を特技とする助手の蒼、バイトしては海外を放浪する熊のような髭男・深春の3人のキャラクターは既に確立されている。
魅力的なキャラクターと建物をうまくブレンドしてノスタルジックな探偵物に仕立て上げた、そんなシリーズの始まりが本作である。

作中で起こる事件に意外性は感じられないので、逆に事件そのものが把握し難いような気がしたのだが、建築に関する薀蓄が詰め込まれ、館が主人公ともいえる展開は「建築探偵」の面目躍如。重さを感じさせない文章と展開、少女漫画的キャラクター、それでいながら見事な本格「館」ものといえるだろう。

余談である。
正直なところ、蒼が……私は苦手で、物語に入り込むまで時間がかかった。はっきり言って、15歳にもなってメソメソしている甘ったれた坊やには、かなり背筋がむず痒いものがあるぞ。シリーズ5作目『原罪の庭』で彼の凄惨な過去が明らかにされるのだが、それでチャラにできるほど、私は肝要ではないらしい(笑)。
彼を主人公にした作品も書かれているらしいので(未読)、たぶん蒼くんファンも多いのだろうけど、こればかりは個人的趣味の問題なので気にしないでください。






くろ い女神 建築探偵桜井京介の事件簿

1995.1/講談社ノベルス


建築探偵シリーズ2作目。
1984年10月、W高校1年の桜井京介はスナック・シャクティに出入りしていた。マスターの橋場亜希人は劇団ユーラシアンを主宰おり、芝居の打ち上げでインド旅行の話が出る。
京介は欠席するが、7人がインドに出発する。
だが宿泊先の安宿で、橋場亜希人が死亡。密室で凶器もなく胸全体が陥没した状態だったが、病死扱いで処理された。
10年後の1994年10月、京介宛てに群馬にあるプティ・ホテル『恒河館(ごうがかん)』のオーナーで、かつて橋場亜希人の恋人だった狩野都からオープニング・パーティの招待状が届く。
京介と再会した都はすっかり初老のようになっていた。都の余命は幾ばくもなく、橋場を殺した犯人を突き止めるためにインド旅行に行った5人を招待していた。そのために京介に助けを求めたのだが、都は自殺してしまう――。

本作は恋人が死んだインドの洋館を思い出させるという『恒河館』を舞台に、ミステリの王道である「閉じ込められた空間=密室での連続殺人」といった趣向。
京介は10年前に起こった密室殺人の謎を推理だけで解明していく難問にチャレンジ。しかもなんとなく納得させてしまうあたりはすごいかも。
愛しながらも落ちたカリスマとなってしまった男の姿に失望し、憎み、それでも愛さずにはいられなかった都の人生は、あまりにも哀しい。
ラストのどんでん返しはちょっと飛び道具だけど、意表を突かれる。






灰色の砦 建築探偵桜井京介の事件簿

1996.7/講談社ノベルス


建築探偵シリーズ4作目。桜井京介と栗山深春、19才の出会い編。
深春が引っ越した下宿先「輝額荘」で、彼は京介と出会う。レトロな木造の下宿を大家は「砦」と呼んでいた。その裏庭で住人の死体が発見される。内部犯行説が「砦」に暗い翳を落とす。
天才建築家、フランク・ロイド・ライトの真実と交錯しつつ、真相解明に駆り出された京介によって、事件は哀しい姿を晒しだす。

シリーズ4作目の本書によって、私は(ようやく)このシリーズにはまった。
この作品でなんといっても印象的なのは、京介の涙。

「すでに終わってしまった殺人の実行犯を指摘することに、どんな意味があるのか
ぼくにはわからない」

不遜な言葉を吐く京介だが、その裏には「生き残った人間を幸せにするのに役に立つのでなければ、真実なんてなんの意味も価値もない」という切なさがある。京介の暗い過去の一端がかいま見せる。

また、京介の過去の事件簿ではあるが青春小説としても楽しめる。
どこか懐かしい古風な下宿屋は、大学生活に失望し、毎日を無為に過ごしている自分への焦り、悩み多き青春時代の格好の舞台となっている。そんな時代に体験した悲惨な事件が、京介や深春に与えた影響も大きいだろう。もっとも京介はその後も唯我独尊を貫いているのだけど、少なくとも深春との「絆」は手に入れたことでよしとしよう(笑)。
シリーズ当初から名前だけ出ていた神代宗教授が満を持して(?)登場。この江戸っ子教授がツボかも♪






原罪の庭 建築探偵桜井京介の事件簿

1997.4 /講談社ノベルス


建築探偵シリーズ5作目。桜井京介20歳の時の事件で蒼との出会い編。
外から施錠された温室の中の三人の惨殺死体。その凄惨な現場にいた、当時7才の少年が
容疑者にあがる。事件から3年後、館の現当主であるかおりと旧知の門野に丸め込まれた大学助教授・神代に引っぱり出され、桜井京介は事件解明に乗り出さざるをえなくなる。
容疑をかけられた少年は言葉を失っていた。少年を片時も離さない叔母。その事件と少年の関係を解きあかそうとするルポライターの追求。京介が真実を導き出す。

トラウマが子供の成長にどう影響するのか。見たくない現実から目を逸らそうとするとき、子供はどこに救いを求めるのか。その精神的葛藤は息苦しくなる。
登場人物の描写も巧みで、子供の残虐性を垣間見せたり、かおるやフリーライターの内奥にあるトラウマさえ引きずり出す。ただし、結末はあまりにも悲しく、京介の自戒が切なく重い。

当初は京介の言動の狙いが分らず、こじ付けめいて感じていたが、最後にはちゃんと理に適っているあたりは正統派ミステリといえるだろう。「建築探偵」である意味は感じられないのだが、京介が学生であるということで、目を瞑ろう。
蒼の過去は明らかにされたが、京介の謎の過去がますます深まるようで、気になる気になる。神代教授の性格と「べらんめえ調」が素敵!(笑)
シリーズ第一部完結。






月蝕の窓 建築探偵桜井京介の事件簿
2001.8 /講談社ノベルス


建築探偵シリーズ8作目。桜井京介の視点から描写されているので、彼の中に棲む闇が垣間見える。
明治期に建てられた洋館「月映荘」は女たちの苦悩や涙が積み重ねられ、「建て主と血が繋がっていなくても、住む人間には必ず良からぬことが起きる」という噂される館だった。
現在の持ち主である印南家も、血の繋がらない兄妹・雅長と茉莉を残して、両親が事故で死亡。さらに敏明が海外留学中に、茉莉と二人の使用人が暮らすこの館に何者かが押し入り、使用人二人が殺害されるという事件が起きていた。
15年後、学術的な価値が評価され、館の調査解体が県により企画されることになる。しかし放火事件が発生し、その警備を兼ねて京介が現地に派遣される。

今回は、一歩間違えば陳腐に陥りそうな多重人格=自己同一乖離障害が用いられているのだが、そこは篠田真由美、一筋縄で終わらせていない。
アリバイや錯覚、雪山など、使い古されていそうながらもオリジナリティのあるトリックを張りめぐらせ、さらに犯人の動機もまた一ひねり――これがそくそくとした寒さを感じさせる。
作者もあとがきで触れているが、京介の地味な性格が物語のテンポに影響を強く与えて、全体に沈鬱なトーンが助長。私自身は暗かろうがうっとーしかろうが全然気にならないが、中盤以降に栗山深春が登場して、ようやく本来のトーンに戻ってほっとする人もいるかもしれない。
京介の過去は仄めかす程度だが、シリーズ物のパターンとして、これが明らかにされたときこのシリーズは終わるのだろう。そう考えると、知りたいような知りたくないような……。
深春と京介の関係がJUNEちっくで妄想をかき立てる――結局それかいっ(笑)。






綺羅の柩 建築探偵桜井京介の事件簿
2002.8/講談社ノベルス


建築探偵シリーズ第9作目。
タイのシルクを世界に広め、シルク王とも呼ばれた米国人、ジェフリー・トーマス。彼は1967年イースターの休日、マレーシア山中の保養地から謎の失踪を遂げてしまう。大実業家の失踪に関係者は八方手を尽くして捜索をしたものの、彼の行方は今なお杳として知れない。
それから30年後、日本で繊維産業で成功した弓狩(ゆがり)一族の当主、惣一郎が軽井沢の別荘で死んだ。老人はジェフリー・トーマスと面識があり、彼の消息を追っていた。
遺族からジェフリー・トーマス失踪事件解決の手伝いを要請され、初めは難色を示すた京介だが、行きががりから彼はそれを承知。京介、蒼、深春、神代教授らの一行は、夫人の招きにより、マレーシアへと向かう。

著者の言葉として「綺羅七彩の輝きであなたを魅了する建築探偵版トラベル・ミステリで、ひとときの旅情をお楽しみ下さい。」とあるが、トラベル・ミステリというよりは秘めたる恋の哀しい真実を探る旅という印象。
実際に謎の失踪を遂げたジム・トンプソンを題材にしているが、その失踪事件に新たな新解釈を打ち出すのが目的ではない。本編で重要な役割を果たすのは、弓狩惣一郎の妻・みつ、という老婆だ。密室不可能トリックや失踪の真相に彼女の半生が深く関わり、美しく哀しいストーリーを紡ぎ出されている。タイと日本にまたがるみつの過去、戦後急速に変化する女性の意識、物語上のポイントとなる「絹」というアイテムの使い方など、これらが渾然一体となって発揮されるトリックの妙は読みごたえがある。

しかしながら、この3人のその後は分かっても、そもそもなぜみつは惣一郎と結婚したのか、という根本的な点が残る。この物語の土台となる部分が宙に浮いてしまったため、砂上楼閣といった印象になってしまったのが残念だが、みつを軸に繰り広げられるドラマはハーレクイン・ミステリともいえる、女性の琴線に触れる美学がある。

尚、有栖川有栖氏の『マレー鉄道の謎』でもジム・トンプソン失踪事件は「謎」として登場している。






失楽の街 建築探偵桜井京介の事件簿
2004.6/11/講談社ノベルス


建築探偵シリーズ第10作目。
インターネットの海にひそかに書き込まれた犯行宣言。あでやかに桜咲く2001年4月、巨大都市東京を爆弾魔が跳梁する。転々する犯行現場を繋ぐミッシング・リンクはなにか。怒りと悲しみに突き動かされて漂泊する犯人を、桜井京介は捉えることが出来るのか。失われゆく古き東京への挽歌とともに、建築探偵第二部完結!!(本書カバーより)

神代教授と群馬県警の工藤刑事の二人が主な視点となり、連続爆弾事件と過去におきた事件の真相が桜井京介によって解かれていく。

――この年の桜が散り終えるより前に、享楽の都は失楽の街へと名を変えるだろう。
   覚えておくがいい、我々の名を。

インターネットに書き込まれた不気味な犯行予告。ネットマナーが取り沙汰される昨今、ありえそうな犯罪としてリアリティがあってそくそくと背中が寒くなる事件である。
取り壊しが決まった戦前のアパートメントとそこに住む元教授。そのままの自分を認められずに憎悪し、破壊に走るイズミとミズキ。過去に爆弾事件を引き起こしてしまったため居場所をなくした少年。行方不明の劇団主宰者と、その行方を案じるパートナー。登場する人々の思惑が一点へと収束することはなく、それぞれの方向性をもって進行する群像劇のような面白みがある。
残念なのは、そのため京介が脇役に置かれていること。群像劇ゆえに、事件の主役達、作品の視点である神代教授や工藤刑事らの行動が前面に押し出され、京介の存在感が薄くなってしまったようだ。このシリーズの最大の謎は桜井京介自身で、事件の真実をその内面に求める形式である宿命かもしれないが、京介ファンとしてはなんとももどかしい。

作品全体としては古典的探偵小説といった様相。
このシリーズは従来より浮世離れした舞台が作品の雰囲気を高め、それが魅力にもなっている。しかし今回のように東京を舞台にした場合は、ネットを絡めた犯罪や現実の「東京」と、登場人物の行動や言動とのギャップが、逆に古めかしさを感じさせる。東京の空気や都市の持つ毒も印象が薄く、犯人が描こうとしていた「絵」や、作者が前書きで述べている「探偵=犯人」のあり方にも新鮮味は感じられないのが残念。






ドラキュラ公 ヴラド・ツェペシュの肖像

1994年4月 講談社/1997年10月 講談社文庫


ドラキュラ――夜ごと美女を襲い血を吸う吸血鬼。十字架やニンニク、日光を嫌い、心臓に杭を突き立てることで塵にかえる。不気味なモンスターでありながらファンが多く、私もその一人である。
小説や映画としてイメージが定着したドラキュラに実在するモデルがいることは周知のごとく。本書はそのドラキュラのモデルとなったヴラド・ツェペシュの真実の生涯を描いた作品であるが、あくまでフィクション――物語であるが、ストーリーは史実にそって進む。

『ドラキュラ』を生み出した作家ブラム・ストーカーの元に訪れた謎の男は、ドラキュラ公の真の姿を語っていく。
ワラキア公ヴラドはオスマン・トルコの人質として少年時代を過ごす。ウラドは服従のためにトルコ兵の慰み者にされつつも、脱出の時を探り続ける。忠実な部下シャムスとともに故国に戻り、ウラドが王位についたとき、国内は貴族たちの裏切りに満ちていた。貴族たちが求めるのは傀儡となる王であった。
ヴラドは国内の安定のために恐怖政治を引き、強大なオスマン・トルコに戦いを挑んでいく。戦いは苛烈を極め、その残虐な処刑方法はヴラドに串刺し公と冠を与えた。
ウラドの真実の姿を聞き終えたとき、件の作者ブラム・ストーカーをある運命が待っていた。

ヴラド・ツェペシュはルーマニアの一地方における血塗られた暴君であると言われる。だがそれは真実の一端でしかない。なぜウラドが残忍な人間となったのか。その背景にある悲劇の中にヴラドの真実の姿がある。
ウラドの生涯は波瀾に満ち、流浪と幽閉の連続で、実際に暴虐を揮った日々は意外にも短期間で驚く。没落と復興がいともたやすく繰り返される当時の政治状況も興味深い。

歴史物だと思って読んでいたら、後半は歴史伝奇と展開。ヴラド自身は,悪魔も神も信じない合理主義者と描かれているが、小姓シャムスや彼の「妻」ライラは、「古い大地の神=キリスト教にとっての悪魔」の力を求めることになり、それは物語全体の大きな伏線にもなっている。






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