晴 明。【完全版】 | 2000年2月/発行 朝日ソノラマ |
安部晴明の少年期から青年期をかけてを描くオカルティック・ストーリー。
ソノラマ文庫 『―晴明―暁の星神』 『鬼哭・上』 『鬼哭・下』の3冊分を加筆したうえで合本、完全版として出版された作品なので、嬉しいくらい厚い。もっとも京極シリーズのぶ厚い洗礼を受けた身には普通に感じられてしまうのが残念かも(笑)。
【暁の星神 】
「陰陽寮の化け物、安部晴明」――比類なき呪力と超然とした態度ゆえに、同じ陰陽寮のみならず、平安京の人からも憎悪の目を向けられる。平安京崩壊という悪夢に魅入られた晴明は、己と同じ悪夢を見たという平将門に出会う。ちまたに流布する童歌。夜毎現れ人を殺し続ける一言主。その妖魔を操っているとの嫌疑が晴明にかけられる。盲目の神祗官 中大臣能宜は真実究明に乗り出すが、妖魔はすでに内裏の奥まで忍び入っていた。
【鬼哭】
己と同じ色の孤独な魂を持つ童子が、晴明の心に棲む「鬼」を呼び覚ます。「鬼」に魅入られた晴明こそが、平安京破滅への道標となりうる存在だった。源氏の基礎を築いた満仲の野望によって京は更に混迷の色合いを深めていく。
ロジックの強い五行思想の世界の決まりごとを、一つ一つ丁寧に紡いで構築された物語である。加門氏は、繊細で精神的脆さ、危うさを持った人間として晴明を見つめている。
その卓越した異能ゆえの晴明の孤独。その孤独を知りつつ、「神」として京守護の布石となることを強要する賀茂保憲らの冷静な計算が、無残にも晴明をさらなる孤独へと追い込んでゆく。
己の中の「鬼」としての暗い本性と、「神」たる清浄なる魂との間で葛藤する晴明。もがき苦しみつつ彼が選んだ道は、京の鬼門に己自身を封じて鬼神となることだった。
――これほどまでに哀しい「安部晴明」を、私は知らない。人としての幸福も、ささやかな望みさえをも捨てざるをえなかった彼の痛みが切なくて、抱きしめたくなってしまう。
だが、誰が手を差し伸べても、彼の魂はたぶん救えないのだ。星が彼の非情な宿命を告げているのだから。
晴明の才能に嫉妬し対抗心を燃やしつつ、彼を助けてしまう賀茂保憲。見えないものが見えてしまうが故に清明の身を案じ、行動を共にする、盲目の神祗官にして風流人の大中臣能宣。晴明の理解者でありながら、闇に堕ちてしまう平将門や、決してその魂を救うまでには至らない蘆屋道満など、脇を固めるキャラクターも(邪まな妄想をかきたてられるくらい)魅力的。
読んだ順番もあるのだが、私の中では夢枕獏氏の『陰陽師』の前身として、加門氏の『晴明。』がある。苦悩と懊悩、絶対的な孤独を知るからこそ、「晴明」は夢枕氏の泰然自若とした晴明となり得たように思えるのだ。もちろんこれは個人的な妄想で、これぞ読者の醍醐味ってもの。
富樫倫太郎氏や谷恒生氏等、男性作家の描く晴明像は神がかり的なスーパーヒーローが多いが、他の作品では見られない人間の「晴明」が新鮮である。何度となく読み返しているが、女性の心の琴線にもっとも触れるのは本作だと思う。哀しい晴明の魂を抱きしめてあげたい。
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