世界は、陽の人間界と陰の幻獣界が背中合わせのように存在しているという。はるかな昔、 争いの絶えなかった二つの種族の間で不可侵の誓約が交わされ、別々の世界に住むことに なったその時、全幻獣を総べる王は深く愛した人間の女王に己の剣を渡し、彼女と彼女の子 孫が危機に陥った時、自分とその子孫が必ず助けに行くと誓った―。そして今、三度目の乱 世が巡り来ようとしていた。(本の返しより)
舞台は剣と魔法と竜が跳梁跋扈する世界。 乱世には幻獣が出現する。その幻獣退治に選ばれたパーティーが、大男で下世話な傭兵、 美貌の元聖戦士、元姫君出身の少女とその護衛役の僧侶、そして、伝説の幻獣ハンターで 仏頂面の少年だった。 この豪華絢爛、個性豊かなメンバーが、ごたごたに巻き込まれ(あるいは首を突っ込み)、奮 闘努力し、最後は世界を救うという冒険譚。同人誌で長年のコンビを組んでいらっしゃる小林 智美氏の流麗なイラストが相乗効果で、より印象深いものとしている。 とはいえ、単なる冒険アクション・コメディに収まらないのが津守氏らしいことろ。それは、幻 獣ハンターのウランボルグが、
| 「俺は、ひとりの時も民と自分に恥じない王でありたいと思う。そうつとめることで、
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| 俺は民のいない世界でも王であり続ける。それは決して簡単なことではない。
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| それを貫き通すことができれば、だれに名乗れずとも、自分には許すことができる」
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と言い放つ台詞からも明らか。この矜持の高さがかっこいいやね。男たるもの、かくあってほ しいものである――理想よ、理想(笑)。 実はこの「王」たる存在理由がこのストーリーの鍵でもあるのだが、それは読んでのお楽しみ ってことで。
物語の最後に、親に裏切られ続け、人間不信が根っこにある元聖戦士のアーカンジェルは、 押しかけ恋人であるウランボルグに吐露する。
| 「君だけが、ただ、愛してくれた。なにも見返りを求めずに、私を愛してくれた」
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「無条件に愛される」――もうこれだけで、人は癒されてしまうのではないだろうか。 現実では「無償の愛」なんて、親のみが与えられるものだろう(それすら厳しい昨今かもしれ ないけど)。人に煩悩がある限り、マザー・テレサ級の「愛」を与えるのは難しいんだな―― 哀しいことに。 この「無償の愛」を守るための闘い(他者であったり、自分自身であったりするが)は、『喪神 の碑』にも描かれており、もしかしたら津守氏自身に憧れにも似たものがあるのかもしれない と、ふと感じたことがある。 その「無償の愛」は厳しい。闘い続け、そして傷つき、それでも雄々しく立ち上がる、逞しい優 しさに裏打ちされた「愛」だ。だからこそ強固で揺るぎない信念がある。 人生には挫折や裏切り、打算などがいつ飛び出してくるかもしれない危うさがある。そんなこ とはもちろん承知の上で、津守氏はバタ臭くも情熱や理想、愛情の尊さを語りかけてくる。
いわゆる若者言葉が出てくるのはジュブナイル向け小説ならずとも当世普通なのだが、楽屋 ネタ的な言葉のみに頼ってしまうと表現の奥行きが浅くなるのは否めない。そこを、振幅の 大きい作品なだけに、破碇なく、しかも陰影をもたせて物語を展開できるのは、作家の力量っ てもの。人物造形の妙は、荒唐無稽な存在であっても、彼らが「生きた」存在として立体的な 像を結びさえすれば、物語としてのリアリティは確立されるわけだ。津守氏の作品が大人の 鑑賞に堪えうるのは、そこにあるのだと思う。 ラブストーリーとファンタジー活劇の面白さを一度に楽しめる、本当の意味で大人の作家だか ら書けるお伽話ではないだろうか。作者の思惑にまんまと乗せられてしまってちょっと悔しい けれど、笑いながら癒されてしまうところが憎いね(笑)。
津守時生氏の大ヒット作品なので読んだ方は多いと思うが、私は何度もしつこく読み返すほ ど津守氏の作品を無条件に愛する読者なので、逆に書評に載せるまでに時間がかかってし まった。今回書評するために再読して、お気に入りの台詞が空で言える自分に気がついて 愕然としたさ。(ンなもの覚えてどうするんだっ、私!)
この作品のヒットで、1度は絶版となっていた『喪神の碑』『カワランギ・サーガラ』のシリーズ が再版され、ファンとしては喜ばしいかぎり。 続編の『ゆがんだ竜の愛し方』では、一度は離ればなれになってしまったウランボルグとアー カンジェルの再会から始まる。たぶん一般的には不人気であろう変態なドラゴンが登場する のだが、その心情がなんだか妙にいじらしくて憎めない私であった(笑)。
尚、文庫版では『ゆがんだ竜の愛し方』『あぶない竜の選び方』も一括して『やさしい竜の愛 し方』シリーズ(全5巻)に納められているらしい。でもイラストが小林さんではないの…(泣)。
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