1996年 毎日新聞社/2000年10月 文春文庫
平成8年、第18回日本SF大賞作品。
平成6年2月、大学受験にことごとく失敗した尾崎孝史は、今回は予備校受験のために上京し、前回の時と同じ平河町一番ホテルに宿泊する。そこは昭和初期までは陸軍大将だった蒲生憲之の屋敷跡に建てられたホテルだった。
孝史は滞在していたホテルで火災に見舞われる。あわやというところを救ったのは、同宿していた時間旅行者の平田だった。
平田と孝史は、ホテルが立つ遥か以前の陸軍大将蒲生憲之の邸の敷地内に出現。時代は昭和11年、今まさに、二・二六事件が勃発しようとしていた。
その早朝、蒲生邸に一発の銃声が響く。歴史上では自決の筈の蒲生大将の死体の側からは拳銃が消失していた。孝史は事件の謎を探ろうとする。
しかし、本作の読みどころは謎解きよりも、平田の時間旅行者としての苦悩、そして事件を通じて孝史の成長の過程にある。
とにかく最初は孝史があまりにおばかさんで、ストーリーに入っていけず困ってしまった。いくら「超戦無派世代」とはいえ、授業で日本史を選択していた現役受験生が、二・二六事件のことをさっぱり覚えていないというのはいかがなものか。あ、だから浪人したのか(笑)。
でも、再度の時間跳躍に失敗し、平田が人事不省に陥ったあたりから物語は走り始める。
蒲生家の可憐な使用人向田ふきの空襲下の無残な死に様を垣間見た孝史は、彼女の運命を変えようと決意するが……。
時間旅行者は未来を知っている。未来からやって来た孝史にも、もちろんわかっている。
そこで問題となるのは、無事に自分がいた時代に戻れるか、更に過去に遡ってしまった場合は、不用意な行動によって歴史を改ざんしてしまうのではないか、ということ。
だがこの作品では、細かな歴史的事実を変えられても大きな歴史の流れを変えられない、と定義している。
例えば日航ジャンボ機墜落事故にしても、平田は飛行機が墜落するのを防ぐべく、爆弾騒ぎを起こす。しかしその飛行機が落ちることは防げても、別の飛行機が落ちてしまう。
タイムトリップ物でよく主題となるタイムパラドックスを放棄し、歴史は帳尻を合わせるという視点が新鮮だ。
戦争に向かいつつある国において、たとえ1人2人を暗殺したところで代わりの人物が出てくるだけで、たとえ時間旅行者が抵抗しても、所詮「まがい物の神のやることにすぎない」のだ。
現代に帰ってきた孝史は、ふきとの約束を果たす。混迷の時代を誠実に生きた人々の消息とともに、ラストは胸を打つ。ほんのり幸せな気分になれる。
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