1989.07(夜叉姫伝 1)〜92.1(夜叉姫伝 8 完結編)/祥伝社 ノンノベル(新書判)
下記『魔王伝』の流れから再読してみた。「魔界都市シリーズ」中、最長編になる。 今回の秋せつらのお相手は、魔界都市「新宿」に出現した姫、麒鬼翁、劉貴、秀蘭の、4人の中国産の吸血鬼。さすがに中国産というか、中国4千年の業(わざ)を駆使する彼らに、十字架、流れ水、心臓杭打ちなど、西欧産吸血鬼の禁忌なぞ効かない。なにせ首を切り落としても昇天しない。陽光には弱いようだが消滅にはいたらない。まさに不死身の存在である。そのかわり、下僕以下の吸血鬼は桃に弱いのがご愛嬌(笑)。
ある夜。せつら、メフィストたちのまえに陸を行く巨船が姿を現す。その舟の主は中国の叡智を従えた妖艶無比な吸血鬼たちだった。彼らとせつらたちとの戦いの幕が切って落とされる。魔界都市制覇を画策する彼らによって、区民はおろか区の要職にある者たちも次々と吸血化してゆく。 姫との死闘の末、魔界都市の住人である吸血鬼一族の長老、そしてチェコ一(世界一ともいわれる)魔道士ガレーン・ヌーレンブルクが斃され、長老の孫・夜香は姫の下僕と成り果て、おっちょこちょいの魔界医師メフィストは(目的は未知の知識の吸収だそうだが)自らの意思で彼らの仲間となる。新宿吸血鬼化の事態を恐れた日本政府は陸自特務班を投入、三つ巴の魔戦へと発展する。 四面楚歌ともいえる状況の中で敵の本拠地に乗り込むせつらにも、受難は続く。 夢と現実が交錯する蜃(しん/太古の昔から海底で眠り続ける巨大な蛤がときどき観るという夢)に囚われるわ、軽度とはいえ吸血化されるわ、水化されるわ…などなどのアクシデントに見舞われながら、せつらの苦闘が繰り広げられてゆく。
女とみればレイプに走るやくざな野郎どもとか、妖姫の裸体を目の当たりにしただけイッちゃえる男たちとか、レイプで淫蕩に浸ってしまう女たち(気持ちにそぐわぬSEXで呆気なく陥落するか、ふつー? 女の立場からちょっとムッ)とか、すべては「魔界都市」ということで納得させちゃう手法はいつもながら。そして、すざましい魔戦が繰り広げられるにもかかわらず、せつら君を下僕にすることに執着する姫、せつらのために吸血鬼の仲間になった(とのたまう)一途なメフィスト、姫に執着するも下僕以上にはなれず嫉妬心を燃やす夜香たち、姫に呪縛されている劉貴のために灰になっても消滅できない秀蘭など、のほほんなせつら君以外の人間の行動は、つまるところ「愛」ゆえなのだな。 相変わらずのエロチックバイオレンスな作品にもかかわらず、菊地氏の結構なロマンチック志向を垣間見るようで興味深い。殿方の方がロマンチストであるという説を実証しているのかもしれない(笑)。 ――と、決して退屈させないエンタティメント溢れる超伝奇小説の大作である・・・・・・のだが、なぜか妙に印象が薄いのは私だけだろうか。中国伝説、東西の吸血鬼伝説が盛りだくさんで、そのあたりは私のツボでもあるし、当然血肉沸く思いで読んだにも関わらず、である。
その一つには、敵方の主人公「姫」が淫蕩でサディストでエゴ剥き出しの、絶世の美貌を誇る女性であることも関係あるのかもしれないが、だからといって美男でも色狂いの吸血鬼はいやだ〜、なのだけどね(笑)。 妖姫が中国古代の三王朝を滅亡へと向かわせることとなった毒婦――殷の妲姫(だっき)、夏の妹喜(ばっき)、周の褒ジ(ほうじ―「じ」入力できなかった)――だった、という設定は時空を超える吸血鬼ストーリーとして面白いのだが、その大ネタがせつらvs姫の対決といまいち噛み合わず、小説の焦点が分散した感じ。ごった煮の魅力があるとはいえ、もったいないというか……せつらファンとしては物足りない、が本音かな。
恐らく菊地氏は、二重人格せつら君の死闘でも、4千年以上存在している吸血姫でも、もちろんいつもに増してお茶目なメフィストでもなく、「魔界都市・新宿」をとことん描きたかったのだろう。 つまり『夜叉姫伝』の主役は、「魔界都市」なのだ。氏のデビュー作『魔界都市・新宿』(朝日ソノラマ)で描かれた「新宿」なぞカワユク思えるほどグレードアップしている(現在進行形…笑)魔界都市の印象が強烈で、せつら君たちの死闘が印象薄くなってしまった気がする。 ガレーン・ヌーレンブルクが作った人形娘が健気でかわいい♪
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