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菊地秀行  きくち ひでゆき


■ 魔王伝 (全3巻)−魔界都市ブルース
■ 夜叉姫伝(全8巻)−魔界都市ブルース
 D−血闘譜 −吸血鬼ハンターシリーズ

++一言覚書
 夏の羅刹 
 闇の恋歌 






蒼き影のリリス

1995年6月/C☆NOVELS(中央公論社)/1998年中公文庫


ひろき真冬さんのスタイリッシュで美しいイラストに一目惚れした覚えが…(笑)。
夜間大学生で奇妙な事件専門の解決屋である「おれ」=秋月は、「死んだ姉の背骨が木片になってた」謎の解明を依頼される。その過程でリリスと名乗る盲目の美青年と出会い、秋月は吸血鬼の抗争に巻き込まれる。菊地氏が得意とする吸血鬼ストーリー。

秋月の軽妙な一人称スタイルが、トレジャーハンターの八頭大くんを彷彿させる。1人で苦労させられているが、ひたすら前向きで脳天気な性格のお陰で苦労を苦労と感じさせない、ある意味気の毒なキャラクターかも。
しかし、秋月の視点は常に冷静な傍観者にあり、それゆえ、リリスたちの異質さが際だってくるのだろう。そのリリスの正体はこの巻では謎のままだが、D様をノーブルで都会的に洗練したイメージだろうか。

ほどよいセンチリズムとハードボイルドな味つけ。作者が楽しんで書いているのが伝わってくる。
シリーズ作品→『シビルの爪 1〜3』『ブルー・ソルジャー』『ブルー・ソルジャー(完結編)』






D‐血闘譜 吸血鬼ハンターD

 2004年05月/朝日ソノラマ


吸血鬼ハンター D シリーズ16巻目。
『吸血鬼ハンターD』は、私にとっておそらく一番最初にはまったファンタジー小説(?)だと思う。そして、萩尾望都氏の『ポーの一族』が描いた、永遠に生き続けなければならない宿命に漠然と惹かれていたものの、『吸血鬼ハンターD』で吸血鬼は哀しい種族だとしっかりインプットされてしまったのだった。だから吸血鬼は私にとってホラーではないの(笑)。

最終核戦争により人類の歴史に幕が降ろされた西暦12000年以上という半端じゃない時代。新たな覇者として吸血鬼が世界に君臨し、「貴族」として生き残った人類を支配してきた。だが貴族もまた、原因不明の種族的衰退に陥り滅びの時を迎えてていた。
衰退しつつも、超科学文明を持ってなお辺境にとどまり続ける一部の貴族は、長い暗黒の時代を経て再び覇権を取り戻しつつある人類にとって、未だ克服できぬ恐怖の対象である。
「バンパイアハンター」は このような時代背景に登場した、貴族と対等に渡り合う事のできる賞金稼ぎ達だった。貴族と人間のハーフ「ダンピール」は理想のハンターであったが、吸血鬼のDNAをも引き継いでいるため、人間には忌み嫌われてもいる――という舞台設定。

吸血鬼ハンターDはその高貴なる血を継いだ玲瓏たる美貌のダンピールである。無敵で最強、ついでに無口なハードボイルドである。
小説は複数巻であっても一話完結形式となっているが、一作ごとに実に泣ける。特に3作目『D−妖殺行』は決して相容れぬはずの吸血鬼と人間との哀しい恋愛を描き、乙女心を震えさせる傑作である。この『D−妖殺行』はアニメ化されているが、内容はともかく、D様の髪でショックを受けた。なぜびらびらコンブにする?! 天野さんのイラストのストレートヘアが素敵なのに……(泣)。

さて、今回の貴族は5000年の眠りから目覚めたマキューラ男爵。吸血鬼=美という方程式を思いっきり壊して、デブ・ハゲ・ぶさいくと三拍子整った――菊地氏はなぜだかおデブがお好きなようだ――ある意味素晴らしい相手といえなくもない。
内容はというと、もう隅から隅まで菊地秀行作品で…「相変わらず」という感じだろうか。
いわば、ワンパターンなのだけど、読み進むのに、ダレたりウンザリさせられたりしないのがちょっと不思議。これはたぶん、このシリーズに限らず菊地秀行作品の傾向の一つで、個々の作品が一つの形をなして完成するというものではなく、純粋に「その過程を楽しむ」ように書かれた物語だからなのかもしれない。そのため、一編のストーリーとして全体を見た時にまとまりの美しさに欠ける感があったり、読者を突き放したような読後感となってしまう。私自身、菊地秀行作品にはやや幻滅したり、少々食傷気味になったことがあるのだが、これも一つのエンタテイメント作品としての完成形態なのかもしれないと、今では思っている。でも、一時期、いわゆる筆の荒れを感じたけど、この頃はよくなってきたかな。







夜叉姫伝 (1〜8) 魔界都市ブルース

1989.07(夜叉姫伝 1)〜92.1(夜叉姫伝 8 完結編)/祥伝社 ノンノベル(新書判)



下記『魔王伝』の流れから再読してみた。「魔界都市シリーズ」中、最長編になる。
今回の秋せつらのお相手は、魔界都市「新宿」に出現した姫、麒鬼翁、劉貴、秀蘭の、4人の中国産の吸血鬼。さすがに中国産というか、中国4千年の業(わざ)を駆使する彼らに、十字架、流れ水、心臓杭打ちなど、西欧産吸血鬼の禁忌なぞ効かない。なにせ首を切り落としても昇天しない。陽光には弱いようだが消滅にはいたらない。まさに不死身の存在である。そのかわり、下僕以下の吸血鬼は桃に弱いのがご愛嬌(笑)。

ある夜。せつら、メフィストたちのまえに陸を行く巨船が姿を現す。その舟の主は中国の叡智を従えた妖艶無比な吸血鬼たちだった。彼らとせつらたちとの戦いの幕が切って落とされる。魔界都市制覇を画策する彼らによって、区民はおろか区の要職にある者たちも次々と吸血化してゆく。
姫との死闘の末、魔界都市の住人である吸血鬼一族の長老、そしてチェコ一(世界一ともいわれる)魔道士ガレーン・ヌーレンブルクがされ、長老の孫・夜香は姫の下僕と成り果て、おっちょこちょいの魔界医師メフィストは(目的は未知の知識の吸収だそうだが)自らの意思で彼らの仲間となる。新宿吸血鬼化の事態を恐れた日本政府は陸自特務班を投入、三つ巴の魔戦へと発展する。
四面楚歌ともいえる状況の中で敵の本拠地に乗り込むせつらにも、受難は続く。
夢と現実が交錯する蜃(しん/太古の昔から海底で眠り続ける巨大な蛤がときどき観るという夢)に囚われるわ、軽度とはいえ吸血化されるわ、水化されるわ…などなどのアクシデントに見舞われながら、せつらの苦闘が繰り広げられてゆく。

女とみればレイプに走るやくざな野郎どもとか、妖姫の裸体を目の当たりにしただけイッちゃえる男たちとか、レイプで淫蕩に浸ってしまう女たち(気持ちにそぐわぬSEXで呆気なく陥落するか、ふつー? 女の立場からちょっとムッ)とか、すべては「魔界都市」ということで納得させちゃう手法はいつもながら。そして、すざましい魔戦が繰り広げられるにもかかわらず、せつら君を下僕にすることに執着する姫、せつらのために吸血鬼の仲間になった(とのたまう)一途なメフィスト、姫に執着するも下僕以上にはなれず嫉妬心を燃やす夜香たち、姫に呪縛されている劉貴のために灰になっても消滅できない秀蘭など、のほほんなせつら君以外の人間の行動は、つまるところ「愛」ゆえなのだな。
相変わらずのエロチックバイオレンスな作品にもかかわらず、菊地氏の結構なロマンチック志向を垣間見るようで興味深い。殿方の方がロマンチストであるという説を実証しているのかもしれない(笑)。
――と、決して退屈させないエンタティメント溢れる超伝奇小説の大作である・・・・・・のだが、なぜか妙に印象が薄いのは私だけだろうか。中国伝説、東西の吸血鬼伝説が盛りだくさんで、そのあたりは私のツボでもあるし、当然血肉沸く思いで読んだにも関わらず、である。

その一つには、敵方の主人公「姫」が淫蕩でサディストでエゴ剥き出しの、絶世の美貌を誇る女性であることも関係あるのかもしれないが、だからといって美男でも色狂いの吸血鬼はいやだ〜、なのだけどね(笑)。
妖姫が中国古代の三王朝を滅亡へと向かわせることとなった毒婦――殷の妲姫(だっき)、夏の妹喜(ばっき)、周の褒ジ(ほうじ―「じ」入力できなかった)――だった、という設定は時空を超える吸血鬼ストーリーとして面白いのだが、その大ネタがせつらvs姫の対決といまいち噛み合わず、小説の焦点が分散した感じ。ごった煮の魅力があるとはいえ、もったいないというか……せつらファンとしては物足りない、が本音かな。

恐らく菊地氏は、二重人格せつら君の死闘でも、4千年以上存在している吸血姫でも、もちろんいつもに増してお茶目なメフィストでもなく、「魔界都市・新宿」をとことん描きたかったのだろう。
つまり『夜叉姫伝』の主役は、「魔界都市」なのだ。氏のデビュー作『魔界都市・新宿』(朝日ソノラマ)で描かれた「新宿」なぞカワユク思えるほどグレードアップしている(現在進行形…笑)魔界都市の印象が強烈で、せつら君たちの死闘が印象薄くなってしまった気がする。
ガレーン・ヌーレンブルクが作った人形娘が健気でかわいい♪






魔王伝 (1〜3)魔界都市ブルース

魔王伝1 1986.7/ 魔王伝2 86.10/ 魔王伝3 87.03 /祥伝社 ノンノベル(新書判)



なぜ今頃『魔王伝』? と問われそうなのだが、何度目かのマイ・ブームである(笑)。
きっかけは久しぶりに読んだシリーズの新刊『青春鬼』と、それに続く『魔人同盟』で不完全燃焼を起こしたせいだ。この2作品は魔界都市シリーズの主人公「秋せつら」の高校時代を描いているのだが、ストーリーが不満というより、惚れたキャラ(せつらくん)の描き方が物足りなかった。
それで過去の作品にUターンしちゃったのだ。
物足りない原因は「せつら」の「せつら」たる要因が…ないぞ? である。ま、青春の1ページで(というには凄絶ではあるが)せつらくんはまだ発展途上といえば納得せざるを得ないのだけどね。

で、『魔王伝』である。
舞台は「魔震(デビル・クエイク)」に襲われ、妖獣が棲み、異能の犯罪者や暴力団…つまりあらゆる悪が巣食う魔界都市へと変貌した新宿。この呪われた街の一隅で老舗のせんべい屋(!)を営む美青年・秋せつらは、超一流の人捜し屋(マン・サーチャー)でもある。
魔人浪蘭幻十(ろうらん げんと)が15年の眠りから目覚めた。「魔都を支配する者が世界の命運を握る」という「封印」を巡り、同じチタン鋼の妖糸を操る幻十対せつらの宿命の戦いが始まる。
その頃、魔界医師メフィストのもとを奇妙な母子が訪れた。娘の真弓を犯す男たちは直後に必ず死ぬという。
その真弓こそが「封印」だった。「封印」を破るのは選ばれし者である。せつらと幻十の凄絶な死闘の果てに、魔界都市の命運が決する。

せつらくんの張り巡らす千分の1ミクロンのチタン鋼の妖糸は、人の容姿から黒子の位置、財布の中身まで識別しちゃったり、空中浮遊もできれば、敵を切り刻むことまでなんでも来いで、せつらくんの指の動きに従うかぎり万能の武器である。幼い頃、せつらが遊び心で幻十の首に巻きつけた一本の妖糸が15年間相手に気づかれなかったこととか、なんでこんがらがったりしないんだろうとか、そんなささいな疑問(!)は、せつらくんの美貌の前にすべて平伏してしまう(笑)。
そして彼が人間くさく茫洋たる「ぼく」から冷酷な「私」に替わるとき、その美にはストイックな磨きがかかる。そう、彼は二重人格なのだ。その静かな、そして劇的な変化には思わずときめいてしまうではないか。
なんといっても男女を問わず見惚れてしまうほどの美青年である。何をやっても決まるヒーローは(ストイック代表のD様を除いて)彼をおいていないんではなかろうか。

ところでレギュラー陣のひとりで、やはり美貌の魔界医師メフィスト氏は幻十くんの誘惑に乗ってみたり、女を目の仇とするような筋金入りのホモである。ヘテロのせつらくんに片恋中の彼は、その悪魔的技量をもってせつらのダミーなぞ作って、夜な夜なベッドに招くようなおちゃめさん(笑)。

菊池氏らしいエンタテイメント――つまりちょっとエログロでバイオレンスで、菊池氏の尻フェチも大いに健在なのだが、それだけでは読者に飽きられてしまう。根底にある人間の哀しさ、愚かさが読者を惹きつけ、だからこそ発売当時、今では一線で活躍されている作家さんや漫画家さんによって同人誌も出されていたのだろう(もちろん私も持っていたりする)。
その後、魔界都市シリーズ『夜叉姫伝』で、時折『バンパイアハンターD』シリーズとバッティングする部分が鼻につき、何となくせつらくんから遠ざかってしまったのだが、現在焼けぼっ杭に火がついちゃった状態で未読シリーズを漁り中である。(う〜ん、ところでこれは書評じゃなくて感想だわ。それにShortでもない…)

『魔界都市ブルース』シリーズは下記の通り。
魔界都市ブルース〈短編集〉(8巻刊行中)/魔王伝(全3巻)/双貌鬼/夜叉姫伝(全8巻)/鬼去来(全3巻)/死人機士団(全4巻)/緋の天使/ブルー・マスク(全2巻)/<魔震>戦線(全2巻)/シャドー”X”/魔剣街/紅秘宝団(全2巻)/青春鬼/魔人同盟(青春鬼)/「魔界都市」から枝分かれしたシリーズも各種刊行されており網羅しきれていない。書店を覗く度に新刊があるような気がする…速筆の作家さんだ。



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