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古川日出男 








 アラビアの夜の種族
2001年12月/角川書店


タイトルがうっとりするくらい素敵。一言で言うと歴史ファンタジーに分類されるのだと思うけど、日本SF大賞と日本推理作家協会賞をW受賞した作品――SF…かなぁ(うーん)。
この作品は書評するのが難しそうで、誰かやってくれないかなーと思っていたのだけど、振られちゃったので挑戦(笑)。ワタクシの拙い筆でグレートなこの作品の面白さがちゃんと伝えられるかは甚だ不安だけど、不思議と誰かに薦めたくなる本なので頑張ってみるのだった。

ナポレオンによるエジプト侵略前夜。エジプトを治めるマムルーク有力者の一人、イスマーイール・ベイは、腹心の奴隷アイユーブに、それを阻止すべく手立てを尋ねる。アイユーブは、古くから言い伝えられてきた「災厄の書」を復活させることを示唆する。その本を進呈すれば、征服者はその物語に囚われ姿を消すに違いない、と言う。
だが実は、「災厄の書」はまだ書物として存在はしていなかった。急遽アイユーブは最高の語り部の女ズールムッドを呼び寄せ、物語る話を書記に筆写させる。
強大な魔力を得た古代の王と彼が作った地下迷宮にまつわる、長い長い時代をまたにかけた物語がすべてが語られたとき、いったい何が起きるのか……なのだけど、これが騙される!!

物語は、ズールムッドが語る「もっとも忌まわしい妖術師アーダムと蛇のジンニーアの契約の物語」のサイドストーリーと、聞き手となるアイユーブたちの物語の、いわゆる「入れ子」構造となっている。さらにそれ全体が英語版「Arabian Nightbreeds」を日本語訳したものである、という非常に巧緻かつ複雑な構成で、ご丁寧なことにアラビア風俗を解説する訳注まで演出されているのだ。本当に「原作」本が実在するんじゃないかと思ってしまった。
だって、「後書き」まで騙しのテクニックを貫いているのである。

その後書きを要約すると、『The Arabian Nightbreeds』という作品は、19世紀中頃に植民地時代の北アフリカや東地中海沿岸の民間伝説を採集した地理学者がアラビア語の口語体で書き留め、一つの物語に仕上げたものらしい。さらに、伝承文学の形式を重んじた原著者は無記名のまま出版し、それが20世紀初頭に「再発見」、様々な国の言語に訳され無数の海賊版を産み、一気に全世界に拡散したのだそうだ。
そして、それを「歴史的事実」として知っていた著者は、たまたまアラビアで、無記名かつ発行所不明の英訳本を手に入れる。一読で傾倒した作者は日本語訳を自分の手で行う事を思い付いたとある。だがしかし、これがぜーんぶ嘘! そこまで凝りに凝って騙してくれるのである。――これを書いているうちに、まただんだん口惜しくなってきちゃったぞ、チクショッ!

その「原作」である『The Arabian Nightbreeds』を読んでみたくて(読めるかどうかはともかく!)、ネット検索かけまくった私――。それほどの本なのに知らないことが何となく納得できないこともあった。世界的に拡散したほどの物語なら、読んでいなくてもタイトルくらい聞いているはずじゃないか? もちろんHitするはずもなく、ますます好奇心をかき立てられただけだった……くそぉっ!(私だけかなあ。アホっぽくてやだなぁ)

ま、とにかく登場人物も悪善入り乱れて魅力的だし、愛憎入り乱れる先の見えない展開といい、本を読むことに耽溺できる、物語好き(かつ歴史好き)にはたまらなく美味しい本である。
うん、ここまで見事に騙してくれると、いっそ気持ちいいってもの。
アラビアの乾いた空気を堪能するためには、梅雨が明けてから読んだ方がいいかもしれない。




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