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ペルシャの幻術師司馬遼太郎(しば りょうたろう)

2001年2月/文芸春秋 発行



やっと文庫化された司馬遼太郎氏の初期短編集。表題作のほかに収録されている7作品は驚くなかれ、いずれも幻想的小説で、『翔ぶが如く』『竜馬がゆく』などの歴史小説から入った方は少し面食らうかもしれない。
表題作「ペルシャの幻術師」は氏のデビュー作。
十三世紀、ユーラシア大陸を席巻した蒙古軍に占領されたペルシャを舞台に、美姫をめぐって展開する若蒙古帝国の王とペルシャ人幻術師の死闘、そしてその顛末を描いた物語。幻術師の術によって、花園の中で若者と化した精と美姫の交情するシーンが幻想的で美しい。
「弋壁の匈奴(ごびのきょうど)」
1920年に寧夏の西の曠砂地で発見された玻璃の壺が13世紀に滅亡した西域の国、西夏の美しき女王の使った浴槽ではないかという記述を発端として、発見者であり英国考古学協会に所属する退役大尉の想像から広がり、成吉汗が蒙古帝国を打ち立ててしまう物語を情感ゆたかに描いている。
「兜率天の巡礼」
戦後、教職の地位を追われた法学者が妻の突然の発狂死をきっかけとして、その遺伝とルーツを探っていくうちに、祖先が安息(ペルシャ)系ユダヤ人であることを知る。彼の情念はひろがり、播州赤穂から5世紀のコンスタンチノーブル、7世紀の中国は長安、果ては日本の古代に立ち戻るという、歴史の縦横時空軸を幻想と現実に交錯させている。
この2作品は、どちらも近代に生きる人間の想像を発端に歴史の足取りを追って物語が進行する。歴史異聞という感じかな。
「下請け忍者」
下忍と言われる末端の忍者を扱った作品で、こちらは常人を超越した力を持ちながらも人間以下の扱いしか受けられない忍者の悲哀を描いている。で、単純に「カムイ外伝」を思い浮かべるあたりが私らしいかも(「カムイ伝」は興味を持ちつつ、ついに読まずにきてしまった…ちょっと気になる)。
ほかに「午黄加持」「外法仏」「飛び加藤」「果心居士の幻術」は、真言密教僧、巫女、幻術師らが主人公に据えられ、法力という形で呪術、幻術などの世界を反映した幻想小説となっている。

巻末には司馬氏を世に送り出した海音寺潮五郎氏の回顧談が載っている。解説によると司馬氏が世に出た昭和30年代の娯楽小説(大衆文学)は、日本人が登場しない小説は「賞」の対象どころか、出版さえ難しかったそうだ。
当時は自然主義的リアリズムを偏重した純文学だけが認められ、幻想小説は大人の読むものではない低俗なものと見なされていたから。
それが、今読んでも決して古臭くもなく楽しめる作品が、いわゆる大衆小説の黎明期に書かれていることに、司馬氏のグローバルな視点とともに、ただ驚くばかり。
ところで司馬氏は直木賞受賞作「梟の城」以前の作品は作家として書いたものと認めたくないと語っている。ご自身は作品の完成度に不満があったらしいのだが、そこは司馬遼太郎作品、面白くないはずがないよね。




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