第11回日本ファンタジーノベル大賞受賞作品。
ヒトラーが台頭しつつある1930年、ベルリン滞在中の詩人アントナン・アルトーの前に、白い肌に灰青色の目、朱い唇を持つ、少年とも少女ともつかない風貌の日本人青年、総見寺が現れる。
総見寺は自分の家に伝承によると、信長は両性具有であることを語る。アルトーが興味を持っている古代ローマ皇帝・ヘリオガバルスもまた、男であり女でもあるという両性具有であった。ヘリオガバルスと織田信長は、古代シリアに発生した暗黒の太陽神の申し子であり、彼らは同じモノのそれぞれの局面である。
時と場所をはるかに経て現れた人物の共通点に驚いたアルトーは、信長に興味を抱き、お互いの情報を交換し始める。
アルトーと総見寺の考察は、信長の魔への信仰を語ることによって、信長とヘリオガバルスを結びつけ、さらにヒトラーのナチズムへと展開していく。
物語はアルトーと総見寺が憑かれたように検証を重ねる「今=1930年」生きるベルリンと、信長が生きた戦国時代を描く歴史小説部分と交互に描かれており、歴史に隠された秘密やあるいは真実を探る物語や伝奇を好む方には面白いと思う。
主人公のアルトーは実在の人物で、作中の題材になっている『ヘリオガバルス あるいは戴冠せるアナーキスト』という著作は翻訳されているらしい(多田智満子・訳/白水Uブックス)。
ヘリオガバルスは14才で即位した少年皇帝で、太陽神バール神を最高神とした「陽物信仰」を狂信し、爛熟した性を謳歌するが18才で暗殺されたらしいが、その難しそうな著作の伝承や事実に「信長」という新たなエッセンスを得て、新たな解釈を加えていく様子は圧巻。
確かに信長という人は不思議な人で、桶狭間の戦いで少数で数万の今川勢を破って華々しくデビューし、戦国の世をかき回すだけかき回して、最後は腹心でもあった家臣の手によって本能寺であっさりと散ってしまうわけで、実際、その誕生から死まで波乱と矛盾に満ちた生涯だった。
小説では繰り返し描かれている題材だが、何となく付き纏っている「信長」やその周辺人物の事象に対する違和感が払拭されてしまった。ヨハネの黙示録を実践し、下賤な者と野合する信長。バール神と牛頭天王が奇妙なほど重なっていく伝承。桶狭間合戦から本能寺に至るまでの史実の裏の意外な真相の数々など、フィクションなのが残念に感じるくらい蟲惑的で、設定はキワモノなのに嘘臭いと感じる冷静さを麻痺させられてしまう感じ。
ただ、狂言回しでもある総見寺とアルトーの会話が少々解説臭さく、信長側の小説部分から浮いてしまって少々バランスが悪い印象。いっそ大胆に、「信長、ヘリオガバルス=アンドロギュヌス」の設定に絞ってしまった方が小説としては面白いのではないかと思う。
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