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畠中 恵はたけなか めぐみ

 ねこのばば







しゃばけ2001年12月 新潮社/
2004年04月 新潮文庫

第13回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞作品。
「しゃばけ」とは「娑婆気」と書き、「俗世間における、名誉・利得などのさまざまな欲望にとらわれる心」のことらしい。

廻船問屋兼薬種問屋の大店・長崎屋の跡取り息子、一太郎は17歳。商売繁盛で暮らし向きは上々だが、生まれついての病弱故に臥せってばかりだ。そのため両親は勿論のこと、店の者たちも一太郎には非常に甘く、常識外れの過保護ぶり。周囲皆からいつも健康を気遣われているという境遇が、情けなくも口惜しい。
そんな一太郎は、ある日家の者たちに内緒で夜の外出を敢行。その帰り道に、なんと殺人事件に遭遇してしまう。その場は何とか難を逃れるものの、迎えに来た手代の佐助と仁吉に大目玉をくらうハメとなる。この2人、今は亡くき祖父が5歳の一太郎に引き合わせて以来、実の親以上に一太郎の世話を焼いている育ての親のような存在なのだが、しかし実は、高位の妖(あやかし)、犬神と白沢なのだ。
それ以降、薬種問屋の主人ばかりが殺害されるという事件が相次いで起こる。一太郎と妖たちによる犯人探しは如何に?

犬神、白沢、屏風のぞき、鈴彦姫、ふらり火、野寺坊、獺、蛇骨婆、そして、鳴家たち…と、出るわ出るわの妖のオンパレード。一言で言ってしまえば、ほのぼの妖怪小説である。
しかし、若だんなの生活から垣間見える日本橋の大店・廻船問屋の雇い人たち、それを取り巻く人々など、「歴史的江戸」と距離をはかりつつ、時代を細やかに描写しており、雰囲気を出している。
何といっても、登場する妖たちがなんとも魅力的。基本は殺人という陰惨な事件であるが、どこか感覚のずれた妖と、腺病質のために、聡明なのに満足に仕事もさせてもらえないモラトリアムな主人公との掛け合いが笑いを誘う。
ちなみに2人の心配性の手代、「白沢」は中国に伝わる森羅万象に通じる霊獣、「犬神」は 呪術者と契約して使役する憑き物のことだとか。
物語の終わり方に少々物足りなさを感じるが、難しい理屈は抜きで、そのままこの小説の世界をゆったりと楽しめればそれでよいのではないだろうか。






ぬしさまへ2003年5月/新潮社

病弱な若旦那と妖達が難事件を解決する、『しゃばけ』の続編にあたる連作短編集。
またも臥せっている一太郎の気分転換のために仁吉が持ってきた付文の山。その差出人の一人が殺され、仁吉が疑われる。…【ぬしさまへ】 三春屋の菓子を食べた老人が急死。その菓子を作ったのは一太郎の幼馴染・栄吉だった。…【栄吉の菓子】 一太郎の異母兄弟・松之助が奉公に出ている桶屋に、殺された猫の頭が投げ込まれる。さらに後日再び猫が殺され、松之助の血塗れの手ぬぐいが見つかる。…【空のビードロ】 一太郎の布団から若い女性の嗚咽の声が。布団は誤って納められた品物だった。…【四布の布団】 
夏の暑さに調子が悪くなり臥せった一太郎を慰めるため、仁吉が語った遠い過去の失恋話。…【仁吉の思い人】 一太郎にいつもまとわり付いてくる妖が消えた。その上、仁吉と佐助も真っ当な人間のようになってしまう。…【虹を見し事】 以上六作品収録。

前作の魅力をそのまま引き継いで、軽妙洒脱なあじわいは健在。文章のぎこちなさも素直な表現になり、軽快でより読みやすくなった。妖たちは健気で可愛く、一太郎をはじめとする登場人物も生き生きと描写されている。
単にコメディタッチの人情話だけに陥ることなく読ませてくれるのは、作品に垣間見える若旦那の内面の翳りだろう。自分を守ることを最優先とする妖たちに囲まれ、「大福餅を飴で煮たような」大甘な両親に庇護され、家は日本橋の大店で裕福。虚弱体質なのが玉にキズと、憎らしいほど恵まれて見える一太郎だが、時折足元をすくわれそうになる彼の内面の葛藤が丁寧に描写されて、物語に陰翳を添えている。
人のルールを理解できない妖怪たちは、ある意味、人間世界に対する皮肉という見方もできるが、ボタンの掛け違いのような、妙なすれ違いが醸し出す可笑し味が、たまらなくツボ♪
ほのぼのとしたり、切なかったり、凍りついたような悪意や孤独も見せられるが、ユーモアと愛嬌いっぱいの世界は、ほんわり暖かい気持ちになれる。
綺麗にまとまった作品構成で、個人的には長編の方が好みだが、この作品は長編よりも短編集の方が合っているのかもしれない。続編が楽しみな作品である。






おまけのこ2005年8月/新潮社

摩訶不思議な妖怪に守られながら、今日も元気に(?)寝込んでいる日本橋大店の若だんな・一太郎に持ち込まれるは、訳ありの頼み事やらお江戸を騒がす難事件。親友・栄吉との大喧嘩あり、「屏風のぞき」の人生相談あり、小さな一太郎の大冒険ありと、今回も面白さてんこ盛り。身体は弱いが知恵に溢れる若だんなと、頼れるわりにちょっとトボケた妖たちの愉快な人情妖怪推理帖。(紀伊国屋書店BookWebより)

『しゃばけ』シリーズ第四弾。「こわい」「畳紙」「動く影」「ありんすこく」「おまけのこ」を収録した連作短編集。
いつものように若だんなは寝込んでいるか病み上がり。そんな一太郎を大袈裟なほど心配する両親や妖の兄やたち。相変わらず栄吉は菓子作りが下手で、屏風のぞきは案外な人情家、そして鳴家(やなり)たちはきゃわきゃわと騒ぐ役どころ(笑)。
若だんなの「せっせと死にかける」とか、「気合の入った病人ぶり」などの表現が落語のようで、からりとした笑いを誘う。

人の気持ちは難しい。寂しがる人に手を差し伸べても、相手は手だけではなく、すべてを求めるほど欲張りだったり、逆にありがた迷惑だったりする。自分の思いだけに固執して周りが見えないこともあるだろう。だからこそ、人の優しさに気づいたとき、しみじみ胸に沁みるってもの。
驚くような盛り上がりや逆転劇はなく、一太郎と兄やたちの活躍に的を絞った方が内容が小気味よいなるのではないかと思うが、全体に小振りながらそれぞれの作品は気持ちよくまとめられている。






ゆめつげ2004年9月/角川書店


時は江戸時代末期。清鏡神社の禰宜・川辺弓月の元を、白加巳神社の権宮司・佐伯彰彦が訪れる。佐伯家は千年以上も白加巳大社の宮司を務めてきた古い家柄。同じ神社とは言え、弓月の父親が宮司を務める小さなお社である清鏡神社とは格が違う。驚く川辺親子だが、彰彦は、清鏡神社の跡継ぎである弓月が「ゆめつげ」こと「夢告(むこく)」ができると聞いて、依頼に来たのだ。
彰彦の依頼は、白加巳神社の氏子である蔵前の札差・青戸屋の一人息子で、幼いころに行き方知れずとなっている新太郎のことをゆめつげで占って欲しいということ。清鏡神社は貧乏である。謝礼に惹かれ、弓月はその場で占ってみるが、はっきりとしたことは分からない。そもそも弓月のゆめつげ自体、少しばかりピントがずれているのが常なのだ。だが彰彦は満足。弓月は後日、白加巳神社に出向くことになる。
信行に付き添われ、おそるおそる白加巳神社を訪れた弓月兄弟だが、迷子探しのつもりが、幕末の神社機構の改革に絡む陰謀に巻き込まれてしまう。果たして二人はここから無事に戻れるのか?

畠中恵さんの江戸物は軽快で温かい心地よさが魅力。この「ゆめつげ」も作者の持ち味が存分にはっきされている。
今回の主人公は「ゆめつげ」の能力のある弓月。とはいえ、その能力は極めて不安定で頼りない。そんな兄を時には蹴り飛ばしつつも敬愛している弟・信行という組み合わせがなんとも素敵で、自然に微笑んでしまう。
「夢告」の方法も妙に仰々しくなく簡素で、自然に感じられる。身を濯いで、家宝の鏡に手をかざして祝詞を唱えるのだが、その祝詞は何でも良いらしく、その日の気分で違うらしい。そんなアバウトさが弓月のキャラクターにしっくり馴染む。
ただ作品としての特色は出ているものの、どこか頼りない弓月と、しっかり者の弟・信行。この組み合わせが「しゃばけ」の若だんなや妖の手代たちに妙に重なってしまい、やや新鮮味が削がれてしまったのがちょっと残念。

白加巳神社にやって来た三人の少年たち――この中に本当に新太郎はいるのか。やがて起こる殺人事件。白加巳神社に集まっている彼らを狙っているのは誰なのか。その意図はなにか。そして弓月のゆめつげの、一見意味の分からない情景も謎含みと、ミステリ的要素も充分ある作品だが、物語としても楽しい。江戸人情活劇として、時代小説になじみのない方にもおすすめ。


余談として、まるっきり作者に責任はないのだけど、本の装丁や平仮名のみのタイトルなど、いかにも新潮社の『しゃばけ』人気にあやかろうとした角川書店の意図が丸見えで、笑ってしまった。出版社同士でコラボレーションを組んだのかと思ったけど、そうでもないらしく、だとすれば作戦勝ちってやつ?(笑)




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