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高木彬光







白昼の死角文庫 (1976/10) 角川書店
昭和54年初版 東京文芸社/新書 (1960/06)文庫 (1993/10) 光文社


多くの名作を生んでいる著者自身が、「発表以来二十年、これ以上の悪党(ピカレスク)小説は書けなかった」とまで言った、高木彬光作品の傑作長編推理。

日本が終戦を迎えた頃、鶴岡七郎は、東大在学中に天才肌の友人隅田光一等と共に、太陽クラブという金融業、株式売買等を立ち上げる。当初こそ順風満帆だった事業だが、光一の女癖の悪さや飲酒癖、証券取引所の再開などによって傾き始める。警察による物価統制令違反の取り締まりで光一とメンバーが逮捕。二人を助けるための現金を用意するために、鶴岡はどうせ詐欺と思われるのであれば、堂々と詐欺を働いてやろうと、法律の盲点をつく。そして第一の勝利。しかし隅田は自殺し、太陽クラブは解散に追い込まれる。
以後も鶴岡は「善意の第三者」を装った詐欺で、次々と勝利する。法の死角を巧みについた犯罪は、警察もあと一歩で追いつめきれない。
戦後の日本経済の混乱と不況を逆手に、先を読む能力に長けた鶴岡が、大胆且つ緻密な計画をたて、金融業界の裏側を跋扈する。

頭脳一つで犯罪を繰り返す鶴岡は、天才的な詐欺師としかいいようがない。冷静に、かつ冷酷に物事を計算し、計画を立て、堂々と犯罪をおかす。次第に狡猾に、そして大胆繊細になっていく巧妙な手口を見事に描いている。むろん、暴こうとする者との駆け引きも、常に薄氷の上を歩くような展開で手に汗握る。一つ間違えば崩壊してしまいそうな事態も、危機を切り抜ける迅速で的確な状況判断で擦り抜けていく。それは底なし沼にはまっていくような空恐ろしさがある。

本作は、戦後まもなく金融界を騒がせた「光クラブ事件」をモデルにしているそうだ。作家・高木彬光が病気療養先の温泉で鶴岡七郎と出会い、その驚くべき犯罪歴の話を小説にしたという形態をとっているとこもあり、まるでノンフィクションを読んでいるような迫力がある。
三島由紀夫『青の時代』や田村泰次郎『大学の門』なども、この「光クラブ事件」をモデルとしており、読み比べても面白い。

古い時代のミステリ小説に重箱の隅をほじる様に難癖を付ける人もいるし、確かに、もはや現代では通用しないだろうと思われる部分もある。でも久しぶりに再読してみると、作品中に描かれる詐欺の手口は法律的なリアリティを持ちながら、探偵小説的なけれん味も充分あり、魅力的な作品である。
また、映画化もされているけど、こちらは原作を見事に壊してしまっているので、別の作品として楽しんだほうがいい。


で、ただ今『わが一高時代の犯罪』を読書中。 本棚の整理をすると懐かしい本が色々発掘できて楽しい♪ 整理は全然進まないけど…(笑)。






わが一高時代の犯罪1975年7月/立風書房
初出「宝石」S26年5〜6月/平成12年12月 ハルキ文庫(角川春樹事務所)


神津恭介といえば、鋭い知性を武器に難事件を解決し、明智小五郎、金田一耕助と並び、日本の三大名探偵と呼ばれている。その恭介が若き学生時代に遭遇した「神津恭介最初の事件」が本書である。
大東亜戦争を目前にしたある日、砂時計だけを残し、一高の時計台から男が忽然と消失する。偽一高生の影が見え隠れする中、事件は悲劇的な展開を見せはじめる。暗い時代を背景に、背後に秘められた恐るべき陰謀と、神津恭介が犯した犯罪とは?

クラシカルな学帽にマントを羽織った紅顔の美少年・恭介が、男子学生寮を舞台に華麗な活躍をみせる。後の作品でワトソン役を務める松下研三ともここで出会っている。
設定からして邪まな乙女心をくすぐるってもの。そのノスタルジックな切なさと解決の鮮やかさで強い印象を残す中編。冒頭の一文が郷愁を誘う。

優秀で個性豊かな学生が集まる「一高」の、名前は聞いたことがあってもその実態は分かりにくい。それは戦前の教育機関が改編の連続で、とても複雑なためでもある。
義務教育(6年制尋常小学校)を経て、高等小学校(2年)。この時点で学力、経済力など個々の背景はあるが、職業訓練系とエリート選抜系に区分される。
小学校修了者の一方は実業補習学校(2〜5年)、実業学校(3年…現在の商業・工業科高校)へ進む。成績優秀者は、男子は中等学校、女子なら高等女学校へと進学。修了は5年だが、小学校から飛び級制度があるので、最短で同級生より2年早く修了できる。
さらに男子の高等教育機関として、4年制の尋常科、そしてこの作品の舞台となる「一高」など、3年制の高等学校高等科に進学する。また、同様の制度に大学に附属する大学予科がある。そしてこれら高等教育機関の上に、最高学府として大学がある。
つまり「一高」は、現行制度に照らし合わせると大学レベルにあり、恭介が進学する東京大学は大学院に相当すると思われる。当時大学に進学することがいかに大変ことか、想像がつくだろう。「一高」へ合格することは、末は博士か大臣かと、親兄弟のみならず地域の期待をも一身に集めるエリートなのである。
つまり地域では常に主席できたエリート集団だから、それぞれに一家言持った個性的な人材が揃っている。天才肌の神津恭介や、一高の中では凡庸に見える松下にしても、憧れの「一高生」であり、一高は日本の将来を担うべく集められたエリート教育の場所だった。

そこにはバンカラを校風とする、自由な学生主体のコミュニティが形成されていた。
だが、自由を謳歌し、ハメを外すことがあっても、彼らはその先に待ち受ける暗い時代を感じ取っていた。恭介たちは、ひしひしと迫るその時代への自分の無力さを自覚しつつ、守るべきもののために、ある覚悟を決める。
事件も謎解きのトリックも、今の時代からみれば地味である。それでも、読む者を惹きつける作品の魅力は、恭介たちが守ろうとした切なる願望にあり、作品のタイトルの秀逸さに深く頷くだろう。印象深く叙情溢れる中編である。

本作品は雑誌「宝石」に連載、S26年9月、岩谷書店より初版刊。その後、数社の出版社から刊行されているが、それぞれ収録作品が異なるファン泣かせの作品集である。平成12年12月刊行されたハルキ文庫(最新版)には表題作とその続編にあたる「輓歌」が収録されているが、二編が同時収録されるまでには発表から20年近くかかっている。
私が所有している立風書房版に収録されている他の作品は、「幽霊の顔」「月世界の女」「血塗られた薔薇」「冥府の使者」「魔笛」「鼠の贄」「天誅」。残念ながら「輓歌」は未収録のためそちらは未読……気になる(笑)。



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