HOME |  快楽読書倶楽部 | 作者別総合INDEX | 迷夢書架 | JUNE発掘隊 | 一言覚書 |



  児童文学-国内作家迷夢書架INDEXへ

児童文学と侮るなかれ!
大人にも十分読み応えがある骨太の作品をご紹介しています。

「精霊の守り人(せいれいのもりびと)上橋菜穂子
「闇の守り人(やみのもりびと) 上橋菜穂子
「鬼の橋」  伊藤 遊







精霊の守り人(せいれいのもりびと)
上橋菜穂子

1996年 7月/偕成社


野間児童文芸賞新人賞・産経児童出版文化賞ニッポン放送賞・路傍の石文学賞・第25回巌谷小波文芸賞受賞作品。
ひょんなことから川に溺れた新ヨゴ皇国の第二王子チャグムを救った女用心棒バルサは、王子の母・二ノ妃から、チャグムを安全な場所まで逃がしてくれるよう依頼される。チャグムには得体の知れない何ものかがとり憑いており、そのため、王子は帝の命により事故に見せかけて暗殺されようとしていた。
チャグムは、100年に一度卵を産む精霊〈水の守り手ニュンガ・ロ・イム〉の卵を産みつけられ、〈精霊の守り人〉としての運命を背負わされたのだ。
バルサはやっかいなことに巻き込まれたと思いながらも、帝の威信、さらには聖祖トルガルの建国神話を守るために命を狙われることになってしまったチャグムと、チャグムの身体の中にある卵を食らおうと狙う幻獣ラルンガから彼を守って厳しい逃避行に出る。

水の守り手とは何か? 夏至祭りに隠された秘密とは? チャグムにとり憑いたものの正体など、物語が進むにつれ、新ヨゴ皇国の建国神話と先住民族ヤクーに伝わる民間伝承、さらに人間の住む世界サグと精霊の住む世界ナユグの、ふたつの世界にかかわる問題へと広がっていく。この古代アジアを連想させる確固たる世界観の描き方は見事で、文化人類学者である作者ならではだろう。

児童書のヒロインらしからぬ、齢30で神速の短槍使いである女用心棒のバルサがかっこいい(←ミーハー)。土着伝承を伝える高名な呪術師で人を食った性格振りが圧巻のトロガイ、その弟子で薬草師のタンダなど、登場人物が魅力的なのはもちろんだが、ナユグの怪物ラルンガを退治する方法を探し求める過程を通して、ひ弱で世間知らずだったチャグムが一人前の男として成長していく様子、追っ手である刺客たちとも、善悪で割り切れない描き方をしており、読みごたえがある。






闇の守り人(やみのもりびと)
上橋菜穂子

1999年1月/偕成社


守り人シリーズ第2弾。日本児童文学者協会賞・路傍の石文学賞・第25回巌谷小波文芸賞受賞作品。
女用心棒バルサは、25年ぶりに故郷のカンバル王国へと戻る。6歳の頃、カンバル王に父を殺され、父の親友ジグロによってカンバル王国から脱出したバルサだが、ジグロはそのため汚名を着せられていたことを知る。
カンバルは美しい山並みに囲まれた、しかし土地の貧しい山国である。山脈の地下で採れる宝石ルイシャ(青光石)が、国の貴重な財源だった。
地下の王国の「山の王」が所有するルイシャは、王国最大の秘儀とされている「ルイシャ贈りの儀式」を経て、カンバル王国に贈られる。その地下王国を守るのがヒョウル(闇の守り人)である。長く守られてきたこの伝統を破り、「山の王」の世界へ侵攻しようと画策する王国最高の武人ユグロ。ジグロの汚名を命がけで晴らそうとするバルサだが、まるで運命であるかのように王国存亡をかけた戦いへと巻き込まれていく。

前作でちらりと語られた、バルサの壮絶な過去――戦いの中で生きることを選んだ彼女は、神速の短槍使いであり、女用心棒としていくつもの修羅場をくぐりぬけてきたが、その槍術は、かつては復讐のために磨かれたものだった。
そのバルサの知る真実と、カンバル王国の人々に流布する真実との大きな相違が、あまりにも哀しく、無常を感じさせる。ぶつけようのない怒りと大きな喪失感。それでもなお、歪められた過去に向かって雄々しく立ち向かうバルサの姿が印象的だ。
特に終盤の槍舞いのシーンは圧巻。バルサが引きずるジグロの影は、あまりにも深く、重い闇だ。その心の傷に決着をつけるために、バルサは槍舞いをする。それは同時に、ログサム王のために非業の最期をとげたジグロや、多くの戦士たちの鎮魂の舞いでもある。

このシリーズの魅力は、前作の舞台となった新ヨゴ皇国や、今回のカンバル王国にしろ、歴史や制度がきちんと骨格を持ち、人々の生活が生き生きと描かれ、ファンタジーとしての世界観がしっかりとしていることだが、それだけではない。
勝者によって作られる歴史と、民間で語り継がれる伝承。英雄として名声と権力を得たユグロと、真実を知りながら権力の前に立ちつくすバルサ。物事の表と裏、光と影を相対的に描き出すことで、ファンタジー世界にさらに広く、また奥行きを増している。
バルサの心の中にくすぶる怒り――重苦しい心の闇と向かい合い、克服したとき、痛々しさに切なくなると同時に、純粋に感動した。今後の彼女の活躍が楽しみ♪

それにしても、30代の女用心棒を起用してなぜ児童文学なのだろう。いまだに謎だ…(笑)。






鬼の橋
伊藤 遊

1998年10月/福音館書店


第3回児童文学ファンタジー大賞受賞作品。
平安初期の京都の五条橋を舞台に、自分の過失から妹を亡くし失意の日々を送る少年・小
野篁(おののたかむら)が、少女・阿子那や鬼の非天丸、そして、死して尚、都を守り続けなけ
ればならない坂上田村麻呂らとの出会い、成長していく物語。
この世と地獄を往き来したと伝えられる小野篁を題材にしているが、いわゆる歴史小説では
なく、純然たるオリジナル・ファンタジー。

物語の冒頭から、少年・篁と、そして読者は死と向き合うことになる。一緒に遊んでいた異母
妹・比右子を死に至らしめたという罪悪感に苦しむ篁は、比右子が落ちて死んだ古井戸へ向
かうため、五条大橋を渡る。橋のむこうは行くことを禁じられた場所だった。
河原は下層民の葬地であり、河原には屍が遺棄され、その処理は川の流れに任されてい
た。これは鎌倉時代まで行われ、背中あわせにある死を極端に恐れるようになったのはさら
に後世のことである。当時、川には日常としての「死」が幾らでも転がっていた。無論、死は
悲しい。心を掛けた相手であれば、悲しみはもっと深い。
冥界とを行き来したという小野篁を主人公にした意味は、人の「死」を強く意識させるためだっ
たのだろうか。また、隠れ鬼という他愛のない遊びが、のちに鬼たちの呼び水となっているの
も心にくい。

妹が落ちた井戸は冥界への入り口であり、橋は異界と現世とを結んでいる。さらに、「鬼」と
人間、少年と大人など、二つの世界を隔てる様々なシーンを結ぶ象徴でもある。少年・篁は、
ある日妹が落ちた古井戸から冥界の入り口へと迷い込む。
そこにはすでに死んだはずの征夷大将軍・坂上田村麻呂が、いまだにあの世への橋を渡れ
ぬまま、鬼から都を護っていた。家族を亡くし、ひとり五条橋の下に住む少女・阿古那にとっ
て、父が工事に携わっていた橋を守るという気概が生きる意味でもある。田村麻呂に片方の
角(つの)を折られ、この世へやってきた鬼・非天丸は、橋を渡って「人」の心をわが身に知る。

角のない非天丸はかつての力を失い、記憶すら奪われている。流されそうになった橋を守っ
てくれた、そのことだけで異形の非天丸を純粋に慕い、また見守っている阿子那のありよう
が、非天丸に人の心を呼び覚まし、彼は鬼の本性を恥じ、ひたすらに隠そうとする。火で煮炊
きしたものは食べられないのに無理に食べ物を飲み込み、あとで吐き出す切なさ。眠ってい
る阿子那を見つめ、よだれとともに涙を流す、壮絶なほどの痛ましさ。
そして、そんな非天丸に気づかないふりをしていようと決意する阿子那の優しさには、うっか
り泣けてしまう。

「あたしにできるのは、ずっと気がつかないふりをしてあげることだけよ」

人は誰しも鬼になりうる。比右子を失った篁の心に落とした翳りも、鬼になりうる闇だった。
そして、その闇を癒すのも、人の優しさであり、その声に耳を傾ける素直な心なのだ。
それぞれに何かを失った痛みを抱えて生きる人々との出会いのなかで、少年は人の痛みを
知り、許し、成長してゆくさまはとても鮮やか。鬼とは、橋とはなんだろうか。深く考えることの
できる作品である。



以下余談。
この物語で大きな位置を占める比右子の死だが、『篁物語』において、妹は篁の子を宿して
亡くなっている。そして亡霊となって、他の女と結婚した篁にうらみごとを述べるという件があ
り、インセスト・タブーとみる向きもある。それゆえ、「比右子の生まれかわりとも思える阿子
那が、篁を導いていくのは、近親姦から彼を救う他者=よその女」という見方もある。
しかしこの当時、異母であれば普通に婚姻が認められており(異父でも同腹は認知されな
い)、ゆえに、近親姦という見方は現代人のタブーに過ぎないので、あまり穿った見方はしな
くていいと思う。




CAFE☆唯我独尊: http://meimu.sakura.ne.jp/