ka  

神崎春子(かんざき はるこ)


言わずと知れたハードゲイ小説の大家。JUNEに分類してよいものか悩むところだが作品の読後感は切なく、泣かせてくれる。
峰岸ひろみのPNで、少女マンガデビュー(!)。女性向け小説を神崎春子、男性向け小説では峯岸郁夫の名義で活動。ほかにもPNがあるらしいが確認できなかった。
1999年、神崎竜乙と改名。
代表作「ぺイ・シティ・ブルース」シリーズは、現在も同人誌などで発表している。ほか、「家族の肖像」(角川ルビー文庫)、JUNEカセットにもなった「嗜虐の荒野」など多数。
余談であるが、先日神崎先生にお目にかかるチャンスに恵まれた。本の後書きとか雑誌などのインタビューくらいしか読者が作者さんにお話をきける機会はない。となれば色々お尋ねできるチャンスではないか! ところがである。ボーっとしていた私はすっかりこんと忘れてしまったのだった。この「発掘隊」で神崎先生の作品を扱うことは快くお許しいただいたのだが…ずーずーしくなりきれなくて残念。










 瞳に星降る (1991年勁文社)


……あなたが心を傾けて……造りあげた僕は、男娼の真似ごとをしている……


内容
「洒落のひとつで、狼少年を優雅な牧羊犬に変えてみたい」――総合商社の若き総師、北条嘉明が、17歳の桐乃優を引き取ったのは、そんな気まぐれだった。優は、身元引受人である佐伯の勧めに従い、エグゼクティブを絵に描いたような世界で、必要な教養を学んでいく。
嘉明には別居中の妻、雅子がいる。その雅子の行動がストーリーのキーポイントとなる。
雅子に関わったことで優は、嘉明の怒りを買い、暴力的に犯される。衝撃のあまり屋敷を飛び出した優は、密かに想いを寄せる佐伯が不治の病であることを知らされる。
佐伯の治療費と引き換えに、嘉明が提示した条件は奴隷になることだった。優はすべての条件を呑み、かつ忠実に実行していく。
一ヵ月後、佐伯を見送った優は、自身の中の微妙な変化に戸惑いつつあった。
「心はいらない」という嘉明の言葉が、それを決定的に気づかせる。

やがて心を開き、愛し合うふたり。だが、雅子の奸計により、歯車は大きく狂い始める。
優は両親が心中した原因が嘉明にあったことを知る。それでも嘉明を憎悪できず、逆に彼の憎悪を煽るような手紙を残して、優は姿を消す。
嘉明との思い出の地であるパリで荒んだ日々を送る優。その裏切りを許せず、憎悪を募らせる嘉明が、優の失踪の真相を知ったときには、すでにある組織に優の殺害までを依頼した後だった。狂乱の果てに嘉明は交通事故を起こし、一命は取り留めるが、心因性の失明をする。

2年後、嘉明の元に、優生存の知らせが雅子によってもたらされる。優はルイ・リーと名を変え、地中海クルージングのガイドをしているという。眩い空の下でふたりは再会を果たす。それは互いへの愛しさを隠しつつ、過去と決別するための再会であった。
嘉明は視力を取り戻すが、優との暗黙の了解のまま、ふたりは別れを告げるのだった。


書評
その本を買おうかと迷ったとき、表紙のイラストや、キャッチ・コピーが決めてになることがあります。まだこの道に純情だった私が(笑)、ハードなSEX描写を得意とされる神崎春子氏の作品購入の決め手となったのは、大ファンである小林智美さんの流麗な表紙のイラストと、「傷に触れて……唇で触れて」という帯のセクシーなコピーでした。
「べイ・シティ・ブルース」「華王伝説」のような、過激で危険なエロティックを期待していた方にとって、扇情的な描写はあるものの、この作品は内省的なラブストーリーという感じでしょうか。
一家心中を企てた父によって優の胸に刻まれた傷は、癒しきれない心の傷でもあり、彼が佐伯に求める愛は父性でもあります。優自身は意識せぬままに見守られている心地よさに浸り、安心感を得たのでしょう。
支配と被支配の関係から、次第に優が残酷な専制君主である嘉明を恋するようになり、ようやく父性ではない愛に寝覚めていきます。このあたりは耽美小説のパターンのひとつなのですが、ゆったりと物語をうねらせ、官能の香りを振りかけてもてなしてくれます。
嘉明が自分の好みに合わせて優を造りあげていく過程では、作中で嘉明の示唆する「マイ・フェア・レディ」より、谷崎潤一郎の「痴人の愛」を連想しますが、破滅ではなく、破錠する愛の果てに救いが残されているラストにほっとします。女性向けの作品ということで、もちろんずっとスタイリッシュでおしゃれな舞台が用意されており、フランス映画のような、美しくほろ苦いラストシーンが印象的です。

ところで、かねてよりの疑問。神崎氏に限らず、もちろんこの作品を特定しているのではないのですが、「体が先か、心が先か」とか「心は体に引きずられるのか」とか考えちゃうのは、私だけかなあ。ちょっと青臭くて照れ臭いのだけど……結構長いこと、心の片隅に引っかかっているんです。






被虐の荒野 初出1987年12月−1990月4月まで4回に渡って「小説JUNE」連載
             1993年勁文社

ナザレの人につき従う、使徒のようだ……


内容
菫色の瞳が美しくはあるが、寂しげな青年、メラニー・マーフィはテキサスの牧場で働いていた。彼はある日、馬を届けに行ったウィンスロウの保安官事務所で、お尋ね者となったアレックのポスターを見つける。銀行強盗にして、父親殺し……愕然としながらもメラニーは、保安官ヴァローに知らない男だと答える。
だが、かつてメラニーはアレックの父サンダーズに救われ、アレックとは兄弟同然に暮らしてきたのだ。あの夜……サンダーズとの情事を、アレックが見てしまうまでは。それ故、罪を重ねる危険な生き方を選んだアレックに、罪の意識を感じずにはいられなかった。
「誰をも不幸にしてしまう腐った林檎」……おのれの存在が人を狂わすのだ。メラニーは苛烈で理不尽な運命をも呑み込んでゆく。その生き方は、暴力、レイプという形で関わってくる、醜悪で常軌を逸した男たちの魂さえも、やがて救っていくのだった。


書評
JUNEには珍しいウェスタン物。メラニーをめぐる人間の精神の暗黒を扇情的に描きつつ、不思議と癒しを感じさせるストーリーです。
でも、何よりも「癒し」を求めているのはメラニーでしょう。凄絶な暴力と繰り返される陵辱が、メラニーの孤独や哀しみを際だたせ、しかし、そのひたむきな生き様は、濃密な存在感を読者の心に刻みつけるようです。
おのれの生きている意味を模索するメラニーは、最後の最後にアレックの死と引き換えにそれを与えられますが、菫色の瞳には聖母の慈愛すら滲ませているような映像が浮かぶようです。
私、どうやら「無私の愛」っていうのに弱いらしいのですね(笑)。思い返してみると自分でもそういう流され型(というと語弊があるかも)のキャラを書いているくらいですから(爆)。常に受け身の生き方に苛立ちを感じつつ、心惹かれる作品でした。

さて、実は主人公のメラニーの考えていることが分からなくて(汗)、発売された当時、やはり友人と「なんで犯られっ放しているかなー」と話したものでした。
今回「発掘隊」用の原稿を書こうと思って読み直してみたのですが、すごく印象深くて、心惹かれる作品だけに、消化不良のような感じがつきまとっています。
それで、今回は「Natural Agency」のはや様にお手伝い頂きました(SOSともいう…)。お蔭様で、私の消化不良も解消されたというもの♪。
この素晴らしい原稿を強引にもぎ取るという快挙(暴挙)を褒めてん(おいおい…笑)。
以下、はや様より頂いた感想です。


「被虐の荒野」の感想 【by はや様】
 まるで映画でも見ているような感覚で、映像を頭の中に浮かべながら読みました。
最初は「風と共に去りぬ」っぽかったのが、途中から西部劇に変わりましたけど、荒野、銃、場末のバーというだけでロマンを感じます。汗とほこりにまみれた男の世界ですよね〜。
 キャラクターについてですが、『美しくて強い』人というのは私のツボなんですよ。だから、メラニーはけっこう好きなタイプです。
 まず、キリストか、天使か、というほど慈愛に満ちて優しいということ。私などはかなり腹黒い人間なのですが(笑)、本当は人を信じて誰にでもいつでも優しくできる人間でありたいという想いも胸の中に隠し持っているのです。だから、メラニーみたいな人を嫌いになれません。もうちょっとうまく立ち回れよ、と思う場面もありましたが、ずるいところがないので憎めないです。
 そのうえ、医者になってしまうほど頭がよくて、銃の腕前も抜群で、暴れ馬を乗りこなすことができ、ポーカーでは勝 つし、とかっこいい要素も持っています。さらに、1人で敵陣へ乗り込んでいく勇気もあると。メラニーは、自分の不幸を悲しんだり、うじうじ悩んでないで、さっさと行動しますよね。放っておけばいいのにとか、やめておけばいいのにとも思うけれど、その半面、彼のこの思いきりのよさ、潔さは気持ちいいんですよね。
 それでいて、淫らで感じやすい肉体を持ち、男たちを無意識のうちに引きつけてしまう罪な男でもあります。それゆえ自分は望まないのに強く執着されて、たくさんの男たちにあっちこっちで犯されまくりましたね。だけど顔の作りが美しくて、菫色の瞳で、お肌つるつる、プロポーションも抜群だとしたら、男たちに目をつけられてもしょうがないかな……と思ったりして。 不幸にもいろいろあるけれど、貧乏とか、天涯孤独など、テレビドラマや小説やマンガの中によく出てくる不幸より、淫らな体は、やおい好きの乙女にはもっともビビッとくる、おいしい不幸だと思います。感じてしまう体を止めることはできませんからね。
 しかし、体は汚れても心はいつも清いままなんですね〜。サンダーズへの想い、アレックへの想い、ヴァローへの想い。どれも大事にしてますよね。だから、不幸になっちゃうんだけど……。そこがこの人の魅力でもあるわけで。周りがなんとかしてあげたいと思ってもどうにもならないですよね。この想いをとったらメラニーではなくなってしまいますからね。
 アレックについては、 彼がいくら悪さをしても憎めません。メラニーへの彼の気持ちが分かるような気がするから。
 サンダーズはやさしい人だったんですね。死の場面がよかったです。ヴァローがいい人でよかった〜とつくづく思いました。最初は悪魔のような人だと思いましたが。

 物語の最後に、メラニーとヴァローが生き残って良かったです。でも、メラニーはきっとまた不幸を呼び寄せてしまうに違いない(笑)。人をすぐ信じるから利用されやすいし、ずるく計算できないし、美しすぎるから周りから放っておいてもらえないし。もしもこういう人が身近にかいたら、いい人すぎて幸せになれそうにないですよね。メラニーのことも、冷静に考えればこの先も幸せになるとは思えないんだけれど、それでも、本当はこういう人にこそ幸せになってほしいなぁと思ってしまいました。
 メラニーって、魅力とともに、一生克服できそうにない、どうにもならない弱点や不幸を背負ってる人ですよね。だから、どうにもならないとは知りつつ、「この美しい人をなんとかしてあげたい」と思ってしまうような気がします。

はや様、私の暴挙にお付き合い下さって、ありがとうございました。
心から御礼申し上げます。




CAFE☆唯我独尊: http://meimu.sakura.ne.jp/