猫の遊ぶ庭 (1998年7月20日 心交社ショコラノベルズ)
「どうすれば、よくなる・・・?」
▼内容
K大の院に進学した織田和裕は、入居予定だった下宿の取り壊しのため、格安だけが取り柄の吉田寮に入寮することになった。大正時代に建てられ、前世紀の異物と称されるこの寮は老朽化が激しく、過激派や幽霊が住むとさえ噂される曰くつきの建物だった。 建物の古さに加え、強烈な個性を発揮する住人達に先の不安を感じる織田だったが、「まるで蒸留水で育ったかのような」涼やかな青年、杜司篁嗣と出会い、すっかり魅せられてしまう。寮内で唯一まともそうに見えた杜司と親しくなろうと、織田は必死になるのだが――。
▼書評
『エゴイスト』『疵』シリーズなどのドロドロでダークな恋愛描写で、近年のBLを物足りなく思っている読者(それは私…笑)の不満を補って余りある、かわいゆみこ作品。
でも魂を削るようなぎりぎりの恋愛ばかりじゃ疲れてしまう――というわけで今回は、夏が終わりを告げ、風に秋の匂いがするころに読みたいような、どこかノスタルジックな雰囲気の漂う作品を取り上げてみた。
本書には波乱万丈なストーリーがあるわけではない。また当人達は相手が同性である事にさしたる疑問を抱くでもなく、それゆえの懊悩も深くなく、いたってシンプルだ。
織田は誠実にして温厚、世話好きな好青年。そして熱い情熱もちゃんと秘めている。じゃなければ感性で男に惹かれ、性別を悩むことなく突き進んだりしまい(笑)。
そして「蒸留水を飲んで育ったような」美しきヒロイン(笑)杜司は、部屋の片づけができない、またはどんなに汚れていようと気にならない、少々感性がずれた青年である。
容姿からは文学、それも浪漫主義あたりが似合いそうな杜司の専攻は、宇宙物理。ついでに彼は、宮司の跡取りという由緒正しき出自である。容姿と性格、感性のギャップが醸す、その空気がいい。吉田寮というノスタルジックで閉ざされた世界の中で、透明感のある、穏やかな陽射しのような存在感がある。
年上のはた迷惑な3人組の憎めない悪辣さに振り回されながら、二人はゆっくりと距離を縮めていく。
当人たちに男性同士であるという葛藤がないだけでなく、周囲すらも嫌悪を抱かずに状況を受け入れているあたり、生ぬるさをうまく表現していて絶妙である。
古き良き時代風の学生寮の雰囲気に呑まれて、ほのぼのと読みながら、そして時に、かわい氏らしい甘々を払拭するような、BLらしからぬ生々しい表現――「みっともなく鼻を鳴らして」など――にどきりとさせられるのだ。
まったりと流れる「時間」にまどろみたい方にお薦めな1冊。
そろそろいい大人の女性としては恋にリアリティよりもファンタジーを求めていたい。というわけで、この、まったり、ゆったり、ほのぼのな空間も捨てがたいのである(笑)。
尚、続編として『猫の遊ぶ庭〜気まぐれ者達の楽園〜 』 がある。
こちらは 4つの中・短編集で、吉田寮での織田と杜司のその後の日々。
相変わらず甲斐甲斐しい織田くんの密かな野望と、おっとり杜司さんの意外な一面が垣間見られる、微笑ましい作品集である。
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