かわい有美子 (かわい ゆみこ)


1995年「小説b-Boy」 (ビブロス刊)『EGOISTE』でデビュー。
鬼畜系から純愛まで、揺らぎない筆致でBL界に独自の世界を形作る作家のひとりである。
代表作は『EGOISTE』、『疵』シリーズ、『上海〜うたかたの恋〜 』など。おかげで官僚とかドクターを、つい色眼鏡でみるようになってしまう弊害が…(嘘)。
「上海倶楽部」という同人サークルを主催。商業誌とはまた異なる雰囲気の作品も発表しており、根強いファンがついている。そして私もそのひとり(笑)。
追記:『今、風が梢を渡る時』('02・小学館)頃から「かわいゆみこ」を「かわい有美子」に改名。


■ 猫の遊ぶ庭
■ 上海〜うたかたの恋
■ MIKADO―帝―
■ 上海金魚
■ 東方美人 オリエンタル・ビューティー
■ 今、風が梢を渡る時

++一言覚書
 カルテ











 今、風が梢を渡る時 前・後編  
 (前・2002年09月/2002年11月 パレット文庫 小学館 )


内容(「BOOK」データベースより)
前編→大正時代。寒村の小作農の四男・沢良木犀は、京都帝国大学の予科・第三高等学校に入学した。医者になる事を条件に村長の養子となった犀は、義母・義兄に辛くあたられたことや、その美貌が影響して、学生生活の中で人とうまく付き合うことができなかった。
しかし、ある事件をきっかけに寮の同室となった鴇浦の、おだやかで誠実な人柄に犀は次第に心を開いていく。
後編→京都帝国大学の予科・第三高等学校に入学した沢良木犀の一学期は、同性愛や嫉妬、羨望のために散々なものとなった。夏期休暇で帰省した彼を一番に案じたのが、寄宿舎で同室の鴇浦智巳だ。彼は、はるばる沢良木の養家に赴き大歓迎を受け、沢良木の元気そうな姿に安堵する。そして二学期。嫌がらせは減ったが、沢良木は学業の方で焦り出した。また、二年生・柚木の、自分への想いが本物だと知る。一方、鴇浦は偶然にも、沢良木を階段の上から突き落とした犯人を知り激昂する!!鴇浦を無条件で信頼する沢良木、沢良木への恋情を持て余す鴇浦。二人の想いは果たして実を結ぶのか。

書評
時は大正時代、舞台は三高の自由寮。
旧制高校に学ぶ学生たちの、背景となっている時代を反映した、自由ではあるが節度ある野放図が、なんともよい雰囲気。
穏当で生真面目な鴇浦、磊落な日比野や舎監の波賀先生、そして個性的な上級生たちに囲まれて、内向的で無表情な沢良木が感情豊かな青年に成長していく過程も無理ない。
学生寮を舞台にしたかわい氏の作品『猫の遊ぶ庭』と匂いが似ているが、沢良木と鴇浦の、友情と淡い恋情の狭間で揺れる関係は清涼感すら感じられる。また、服装や小物、言葉遣いなども細やかに気配りされており、ノスタルジックな時代の空気がたっぷり詰め込まれた繊細な作品に仕上がっている。
陰湿な事件は起こるが、その犯人の屈折した心情にも触れ、多感な年頃の青年たちの、ちょっと切ない青春物語。いつの時代にあっても、青春とはほろ苦いもの――「青春時代はいつだって…」の歌詞が頭を過ぎったのだった。

それだけでは物足りないBLファンのために(?)、作者は最後にニヤリとさせるオチを用意している。でもここから先は普通のBLになってしまうわけで、その手前で押さえたところが、気持ちのよい余韻となっているように思う――でも、ちょっと残念(笑)。



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東方美人 オリエンタル・ビューティー  (2004年03月 心交社ショコラノベルズ)

「あなたが自分を大切だと思うなら…、サエキには深入りしないことね。」


内容(本書カバーより)
198×年。
KGBの若き情報員“ヴァレンタイン”ことアレクセイ・ヴァシーリヴィチ・レスコフは西ベルリンへの検問所を英国人のパスポートで通過した。
アレクセイの最初の任務は同じくコードネーム《伯爵》という男に会うことだ。そして出会った《伯爵》ことエーリク・サエキは驚くほど鋭利で美しい男だった。
アレクセイは西ベルリンでこのサエキと共に任務を果たさなければならなかったが、アレクセイには彼に言えない極秘任務があった…。
旧体制時代のドイツを舞台にストイックかつ情熱的な想いが溢れるドラマティック・ロマンス。

書評
なかなか触手が動かず、ご無沙汰気味だったBLコーナーの、華やかな(恥ずかしい)イラストが並ぶ中で久しぶりに目を引いたのが、本書の軍服の表紙だった(笑)。
KGB、ノーブルの香り漂う美貌のスパイ、そして、旧体制時代のドイツ――その手の小説好きにはたまらない設定が、近頃のBLの中では新鮮。
ストーリー前半の、主人公・アレクセイのソ連での生活や情報部員としての任務などが積み重ねられ、厚味を持ていくあたりは、あたかも重苦しく垂れ込めてゆく空模様のようだ。
いつもながら、かわい有美子さんの文章表現には、事象を重ねていく淡々とした味わいの中にひょいと現れる生々しさという、独特の二面性を感じてドキッとさせられる。その表現の落差が、扇情的になりすぎる手前で抑えているにも拘らず、密やかにエロティックを醸している。この雰囲気がいい。

クールでストイックなサエキ。
家族の愛情を注がれて育ち、情報部員らしからぬ心根のよいアレクセイ。
この好対照なキャラクターが、やがて情報と策略渦巻く世界でソビエト連邦の体制崩壊に向けて動いていくのか。物語としては序章のようで、今回は触り程度となった情報部員(スパイ)の仕事の実態なども絡めて、これはぜひとも続編を希望したい。









 上海金魚 (2003年05月 笠倉出版社 Cross novels)

「俺が、怖い?」


内容(本書カバーより)
しっとりとした花のような色香を持つ水端佑季の恋は、初めて訪れた異国の地、上海で終りを告げた。男の狡さに気付きながら、嘘を信じていた佑季は突然の別れに傷付き、旅先で出会った男、滝乃と体を重ねてしまう。
滝乃の包み込むような優しさに、つかの間の関係だとわかっていても、心惹かれることを止められない佑季だったが…。

書評
今、もっとも熱い都市・上海の雰囲気をたっぷり味わいつつ、切なくも愛しくなるような極上の大人の恋愛を堪能できる。
ストーリーに大きな起伏はないのだが、丁寧に点景を描いていく淡雅な筆致といい、花本安嗣氏の絶妙なイラストといい、どこかノスタルジックな空気を漂わせ、セピアカラーの恋愛映画を楽しんだような満足感を得た。

男の狡さに気が付きながらも、佑季はその嘘を信じようする。だが、男の不実を目の当たりにして、佑季は別離を決意する。その佑季のやるせない切なさをも、かわい氏はいつものように淡々とさり気なく描いていく。
傷ついた佑季だが、上海を案内してくれる滝乃の優しさに触れ、ささくれた心が癒されて行く。二人が少しずつ好意を寄せていこうとする過程が丁寧で好感が持てる。まどろっこしいかもしれないけれど、ベッドに直行させればいいってもんじゃないのだ(笑)。
旅の最後に身体を重ねたのは肌恋しさかもしれない。旅から帰って現実の生活に立ち戻ってみれば、それは儚い夢のようにしか思えない。
互いに心惹かれながらも日常は動いており、やがてその想いを諦念するころ、二人は再会する。このあたりはラブストーリーとして常套でありながら陳腐に陥らず、魅力的な1冊となっている。

また本作は、幾度となく物語の視点が変わる。
当初、滝乃の視点から上海での佑季との出会いと印象が綴られ、佑季の視点では自分の性癖に気づいてから、それまでの経緯を語っている。その後も視点変更されるのだが、転換がスムーズで違和感がない。さらに言えば、視点が転換することで二人の人物の状況や心理描写が説明文にならず、すんなり理解できるようだ。このあたりは作者の力量ってものだろう。
タイトルの金魚は、二人の上海での時間の象徴。懐かしい時間に迷い込んだような、柔らかな時間が流れていく。つい金魚を飼ってしまいたくなるような、久しぶりにときめいた作品である。









猫の遊ぶ庭 (1998年7月20日 心交社ショコラノベルズ)

「どうすれば、よくなる・・・?」


内容
K大の院に進学した織田和裕は、入居予定だった下宿の取り壊しのため、格安だけが取り柄の吉田寮に入寮することになった。大正時代に建てられ、前世紀の異物と称されるこの寮は老朽化が激しく、過激派や幽霊が住むとさえ噂される曰くつきの建物だった。
建物の古さに加え、強烈な個性を発揮する住人達に先の不安を感じる織田だったが、「まるで蒸留水で育ったかのような」涼やかな青年、杜司篁嗣と出会い、すっかり魅せられてしまう。寮内で唯一まともそうに見えた杜司と親しくなろうと、織田は必死になるのだが――。


書評
『エゴイスト』『疵』シリーズなどのドロドロでダークな恋愛描写で、近年のBLを物足りなく思っている読者(それは私…笑)の不満を補って余りある、かわいゆみこ作品。
でも魂を削るようなぎりぎりの恋愛ばかりじゃ疲れてしまう――というわけで今回は、夏が終わりを告げ、風に秋の匂いがするころに読みたいような、どこかノスタルジックな雰囲気の漂う作品を取り上げてみた。

本書には波乱万丈なストーリーがあるわけではない。また当人達は相手が同性である事にさしたる疑問を抱くでもなく、それゆえの懊悩も深くなく、いたってシンプルだ。
織田は誠実にして温厚、世話好きな好青年。そして熱い情熱もちゃんと秘めている。じゃなければ感性で男に惹かれ、性別を悩むことなく突き進んだりしまい(笑)。
そして「蒸留水を飲んで育ったような」美しきヒロイン(笑)杜司は、部屋の片づけができない、またはどんなに汚れていようと気にならない、少々感性がずれた青年である。
容姿からは文学、それも浪漫主義あたりが似合いそうな杜司の専攻は、宇宙物理。ついでに彼は、宮司の跡取りという由緒正しき出自である。容姿と性格、感性のギャップが醸す、その空気がいい。吉田寮というノスタルジックで閉ざされた世界の中で、透明感のある、穏やかな陽射しのような存在感がある。

年上のはた迷惑な3人組の憎めない悪辣さに振り回されながら、二人はゆっくりと距離を縮めていく。
当人たちに男性同士であるという葛藤がないだけでなく、周囲すらも嫌悪を抱かずに状況を受け入れているあたり、生ぬるさをうまく表現していて絶妙である。
古き良き時代風の学生寮の雰囲気に呑まれて、ほのぼのと読みながら、そして時に、かわい氏らしい甘々を払拭するような、BLらしからぬ生々しい表現――「みっともなく鼻を鳴らして」など――にどきりとさせられるのだ。
まったりと流れる「時間」にまどろみたい方にお薦めな1冊。
そろそろいい大人の女性としては恋にリアリティよりもファンタジーを求めていたい。というわけで、この、まったり、ゆったり、ほのぼのな空間も捨てがたいのである(笑)。

尚、続編として『猫の遊ぶ庭〜気まぐれ者達の楽園〜 』 がある。
こちらは 4つの中・短編集で、吉田寮での織田と杜司のその後の日々。
相変わらず甲斐甲斐しい織田くんの密かな野望と、おっとり杜司さんの意外な一面が垣間見られる、微笑ましい作品集である。



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上海〜うたかたの恋 (1998年8月20日 ビブロス)

「頼む、生きのびていてくれ」


内容
爛熟の文化を誇った1900年代初頭の上海外国人居留地を舞台に、英国貴族で豪商でもあるレイモンドと、その屋敷で育った中国人執事 エドワードの身分違いの恋を描く。
メイドをしていた母が駆け落ちし、残された幼い少年は彼の母が勤めていた貴族の屋敷に引き取られる。自分の名前も知らない中国人の彼はエドワードと名づけられ、子息のレイモンドと共に育つことになる。優しいレイモンドをエドワードは慕うが、やがてレイモンドは13歳になるとパブリックスクールへ入学する為に帰国してしまう。
大学を卒業して上海に戻ってきたレイモンドの傍で、エドワードは有能な執事として仕えることになる。だが彼の心の中は、報われぬ想いとは知りつつも、レイモンドへの思慕がひっそりと、そして熱く根付いていた。


書評
身分も金も容姿をもすべて兼ね備えた若き英国貴族と、身も心もひっそりと捧げ尽くす健気な美青年といったら、ハーレクイン的メロドラマといったところ。
だが、満州事変から第二次世界大戦へとひたひたと忍び寄る時代の翳り、退廃的で華やかに爛熟した魔都「上海」の魅力、英国貴族の矜持、自国にあって見下される地位にある中国人などの背景が、ありがちな主従関係の恋物語に厚みをもたせている。
たまにはこんな恋物語にうっとりと浸りたくなるのも乙女心ってものよね(笑)。

捨て子同然だったエドワードを厭いもせず教育を与え、さらに一人息子の遊び相手として大らかに認める英国人夫妻や、彼の資質を見抜き、執事とすべく育てる生粋の英国人執事長といい、生まれは不幸だったものの、エドワードを取り巻く人々の優しさがよい。それゆえ、エドワードにとって「その場所」だけが自分が在る場所となる。
親に捨てられて途方にくれるエドワードに差し伸べられたレイモンドの手は、彼が初めて知る家族に近しい温もりだったのかも知れない。

レイモンドと別れていた数年間にエドワードの思慕は、やがて恋慕の情に育ってゆく。それ故、エドワードは彼の役立つための人間=英国式マナーを備えた執事となるべく努力したのだろう。エドワードにとって、それだけが自分の存在価値だと思われただろうから。

二人が再会をはたしたからといって、恋が成就するわけではない。レイモンドは、かつての幼馴染みが完璧な執事と成長した姿に苛立ちすら募らす。それでも幼いころの絆は、主人と使用人としてきっぱり割り切れるものでもない。
熱い恋情をけっして悟られまいと心に秘め、ただレイモンドのために心を配るエドワード。ここまで相手に尽くすには、相手への確かな愛と敬意がなくてはできまいね。
二人のそんな不安定なゆらゆら感が、動乱の時代と相まって、なんとも切ない。
やがて崩れゆく栄華。戦争はすべてを飲み込み、性急に二人を引き裂く。

「生きのびろ」
「どうぞ、ご無事で…」

再びめぐり合う――それは奇蹟にも等しいことかもしれない。ある種の達観を内包した、その別れすら哀しくも美しい。文章の儚げな品の良さが、なんともしっくりと際だつ作品である。
欲をいえば、動乱の時代背景やレイモンドの仕事の方も、もっとえぐく描くと大河ロマンスにもなりえただろうけど、ジュブナイルとしての制約(お約束)もあるのだろうな。



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MIKADO ―帝― (前編 1997年5月20日・後編 1997年6月20日/ビブロス)

「お前が幸せであれるように…」


内容
マフィアの勢力争いに巻き込まれ、両親失った史貴、麻里絵、アレックス。3人はマフィアの帝王、ハーベイに引き取ら、養子となる。孤児達はハーベイの息子イェインとともに育てられるが、貴史には、アレックスの隣だけが安息の場所だった。
成長した彼らはマフィアのファミリーとして、過酷な運命に巻き込まれていく。


書評
仮初めの家族に交錯する愛憎をじっくりと描いた、ハードロマン。
12歳で輪姦され、男性恐怖症となる麻里絵、その麻里絵への愛を歪んだ形で史貴に向ける
イェイン、どこまでいっても麻里絵の代用品でしかないと自分を見失いつつある史貴の、唯一の拠り所となるアレックス。そしてアレックスは、イェインを、そして組織を守るために育てられた、ダークな存在である。
ファミリーとして寄り添いながらも、孤独な人間関係が重苦しくて、やるせない。
残念なのは、誘拐、強姦、ヤク漬け、刺青と、花郎藤子氏の『禽獣の系譜』と少々被ってしまうことかな。考えてみれば、極道にしろマフィアにしろ、相手を完膚なきまで叩きのめすというか、滅茶苦茶に傷つける手段としての選択肢は広くないだろうから、やむを得ないのかもしれない。BL小説の手法に臓器売買などは、たとえ使いたくても、色っぽくないから編集部に却下されそうだし。でも、作品の切り口は全然違うので、誤解なきように。

流されるしかないような史貴の女々しさに苛立ったりしたが、終盤になって、それもかわい氏の計算だったことに気づかされる。

「後ろを振り返っちゃいけない、麻里絵」

麻里絵の代用品という立場に自らを押し込めてしまった史貴は、自分をありのままに見つめてくれる瞳を得たことで「自分であること」に自信を持つ。
そのとき初めて自分の中に抑圧されていた史貴の、強靭でしなやかな精神は前向きな生き方を選ぼうとする。
史貴は母に託された妹を、血を吐くような思いで愛する人に託す
だが彼自身にとって、それは未来の見えない選択でもある。ここで「いよっ、男だねえ」と言ってしまえる人は、オ・ト・ナ(笑)。
人は、好きな人のためだけには生きられない。生きるための拠り所でもある「愛」を捨てても、守るべき者がある。たとえ、その先にあるのが絶望だけだとしても……。

かわい作品の中ではあまり人気は高くないようだが、たぶん、そのあたり――愛を貫いて欲しいと願う若い読者層にはそぐわないためかもしれない。
それぞれの孤独な魂は、最後まで救われたとは言い難いのだけど、いつの間にか引き込まれて、一気に読み切ってしまった。寂寥感が残る作品である。



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