天動説(一、二) 昭和63年6月、平成元年8月/カドカワノペルズ
貧乏侍・鉄太郎と切れ者の岡っ引・仙三が、妖異な事件に挑む、時代物吸血鬼の意欲作。江戸の町を舞台とする「一、江戸幻想編」と、「二、蝦夷伝奇編」からなる連作長編集スタイルをとる。
時は天保の頃。血まみれの船頭らの死体を乗せた巨大な千石舟が、品川沖に漂流してきた。これが江戸の町につづけざまに起こった奇怪な事件の発端だった。(一、江戸幻想編)
天下泰平な江戸の街に起こった怪異――怪しい忍術遣い、謎の虚無僧、そして血を抜かれた女の死体。その陰には異国の妖怪ヴァムピール=「さたん」がいるらしい。謹厳な同心だった兄は魔性の手先と成り下がり、ほのかに思いを寄せる兄嫁は「さたん」の手に落ちた。(二、蝦夷怪奇編)……あらすじから抜粋。
江戸の町に吸血鬼(ヴァムピール)現る――浪漫だわ〜。何年ぶりかの再読だったけど、あまり記憶に残っていなかったので楽しめた。
吸血鬼を江戸の町に登場させた先駆的作品ではないだろうか。その設定もさることながら、大奥の内紛や、鳥居耀蔵、河内山宗俊、間宮林蔵などの史実に登場するエピソードの織り込みかたが面白い。そして戦いを挑むほどの知識や手段もなく、ただただ事件に巻き込まれ、翻弄されながらも抗えない人々の虚しさや、そんな自分の無力感に傷つけられていく様が、奇想天外なストーリーに血肉を与えている。
無力な自分を自覚しながらも、主人公たちは戦う。
最終章「旅順招魂祭」で、舞台はいきなり1904年1月(日露戦争開戦1ヶ月前頃)に飛び、吸血鬼との闘いは鉄太郎の孫・堅太郎に受け継がれる。ヴァンパイヤは本当に滅ぼすことができるのか――タイトル『天動説』はここでようやく意味を成す。運命に立ち向かうからこそ、ラストが印象深い。そのあたりは職人技ってものだろう。
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