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大沢在昌 


 闇先案内人←ごめんなさい、また今度。




闇先案内人上・下

2001年9月/文芸春秋 2005年5月 文春文庫








ニッポン泥棒

2005年1月 文藝春秋/初出・産経新聞(H15.5.1〜16.6.30)


すでにPCが日常にあり、バーチャル・リアリティというシロモノに新味はすでにない。それでもSFや、ミステリー、ジュブナイル、さらに純文学と、PCをめぐる設定が用いられるのは、行き詰まったリアルな空間へのアンチテーゼとして提示された、何でもありの電脳空間への憧憬を、書き手、読者とも抱いているからだろう。そして様々の制約から解き放たれた世界で繰り広げられる出会いや冒険や闘い、あるいは愛に憧れ、疑似体験を求める。

そんな若者たちが、よりリアルなゲームソフトを開発しようとしたのが発端だった。世界各国の機密情報のデータをハッキングしたのも、仮想世界に現実を反映させる手段にすぎなかった。そして作られたのが未来予測ソフト「ヒミコ」だ。
失職と同時に妻にも去られ、社会からリタイアした尾津は、見知らぬ男に「あなたと、もう一人の女性が、世界を変えるソフトウェアの鍵なのだ」と告げられる。無論、分別ある尾津がすんなり信じられるはずもない。だが彼の周囲に奇妙なことが起き始める。

敗戦後の貧しい日本社会や自分を豊かにするために懸命に働いてきた男、元左翼過激派崩れの男、男性社会の性差別や抑圧からの自立を目指す女、知識だけで自己満足している若者など、それぞれの世代論を織り込みながら、謎は深まっていく。共通しているのは、今の日本に絶望していることだ。

未来予測ソフト「ヒミコ」の構築は、将来には可能なのかも知れない。すでにメディアやネットワークの発達は人類に知識を共有化させる道を拓き、新しい未来への可能性を示唆している。しかし「ヒミコ」が明示する世界はそくそくとした恐ろしさを内包している。
そうした道具立てを借りつつ、作品の根底にあるのは、人間の幸福であったり人類の不幸といった問題意識ではないだろうか。

後半は一気にハードボイルドに突入。64歳の主人公の踏ん張りを一気に読ませる。
嬉しいくらい分厚い本だが内容が濃いので、ハードカバーの重さも気にならない。






帰ってきたアルバイト探偵(アイ)

2004年2月 講談社


なんと、1991年の『拷問遊園地』以来の、アルバイト探偵(アイ)シリーズの新刊。ノリも正義感も、女好きもそのままに、「あの親子」が帰ってきた! って感じかな。
自称「健全な都立高校生」(ただし1年ダブって、ただ今4年生)リュウと不良中年の父親の、今度の敵は国際テロ集団。美少女をめぐって鼻の下を伸ばす間もなく、ロシアや中国までを巻きこんでのハードボイルド。東京と美少女を核爆弾から守るために、リュウくんがんばれの巻(笑)。
大沢作品としてはお気楽シリーズの作品だが、このシリーズとしてはシリアス度はやや高め。とにかくスピード感があるので一気に読めるし、ぽろりと「鮫でも核爆弾には勝てん」なんて台詞がポンと飛び出してきたり、その上、ちゃんと胸にじーんと沁みるシーンも用意されて至れりつくせりなあたり、さすが大沢さんといったところ。

この作品だけでも楽しめるが、前作までを読んでからの方が細かい人間関係や、作中で仄めかされる過去の事件が把握できるので、より一層楽しめると思う。
シリーズ既刊は、アルバイト探偵('86)/アルバイト探偵2 調毒師を捜せ('87)/
アルバイト探偵・女王陛下のアルバイト探偵('88)/不思議の国のアルバイト探偵('89)/
アルバイト探偵・拷問遊園地('91)






撃つ薔薇-AD2023涼子

1999年06月/光文社


近未来、2023年の東京。警視庁捜査4課特殊班の刑事・涼子は、麻薬犯罪王・崔将軍が率いる組織にアンダーカバーとして潜入する。任務は合成麻薬・ブラックボールとの関わりを暴き、全容解明すること。組織にはすでに国際麻薬機関・INCのアンダーカバーが1年前から潜入しているが、INCは涼子との接触を拒否する。
単身、組織の流通部門に接触した涼子は、トラックジャックの犯人と内通者を突き止めることを足ががりに、組織の中枢に近付いてゆく。だが、調査が内通者に近づくにしたがい、次々と幹部が殺される。
孤立無援の涼子の前に龍という謎の男が現れる。幾度となく龍に助けられた涼子は次第に心を寄せるようになり、彼がINCのアンダーカバーではないかと期待する。
やがて涼子は組織のトップである崔将軍との面会が許され、全貌が明らかになる。

「小説宝石」1999年3月〜1999年5月号に連載された『AD2023 涼子』を加筆改題した作品。
「あとがき」によると、この作品はもともとTVゲームのプロジェクトの中から誕生したものらしい。ゲームは女刑事のアドベンチャーゲームで、正篇と続篇という形で繋がっているのだそうだ。
ヒロイン「涼子」の設定が、これで納得。なにせ、「超」のつく美貌にモデル並みのスタイル、頭もいいし、度胸も勇気もある。神様にえこひいきされたとしか思えないキャラクターなのだ。
実際にこんな完璧な女性がいたとして、その女性に対して「すごい」と感嘆することはあっても、おそらく人間味を感じることはないだろう。そんなキャラクターにリアリティを持たせるのが、涼子の、女であるがゆえのコンプレックスや情の深さだ。そして、孤独で一途な魂に魅了される。
龍は彼女の弱点を的確に指摘する。
美人であることに対するコンプレックス。他人と違う、ということは、いいことでもあるがストレスフルでもあるのだ、と。
そんなコンプレックスは嫌味に思えそうなものだが、涼子のコンプレックスは、男社会で「女だから…」と差別されるのと同じで、「美人だから…」男からも(たぶん)女からも差別される。
それでいて、美貌をしっかり武器にもしている強(したた)かさが、かっこいい。

涼子が組織に食い込んでいく過程が見事だ。一見かかわりのない連中といざこざを起こし、自分の腕前を組織の人間にそれとなく見せつけるあたりは出来すぎの感もあるが、涼子の八方破れの活躍が面白い。絶体絶命の危機に瀕しても、なんとなく安心してみていられる。普通ならとっくに殺されてるよー、なんて言いっこなし。過剰な意義付けを行うことなく、あくまで無邪気なエンターテインメントとして読者に供する。
怒涛のアクションシーンあり、非情な場面あり、ロマンチックな恋など、涼子の活躍を楽しめばいい。






砂の狩人上 ・下

2002年09月/幻冬舎


サンケイスポーツに2001年4月2日から2002年5月10日まで連載。
千葉の田舎町で漁師の真似事をしてのんびり暮らしている殺人課の刑事だった西野のもとに、警視庁のキャリアである美人の時岡警視正が仕事の依頼を持ってくる。
暴力団組長の子供ばかりを狙った猟奇殺人が発生している。警察庁の上層部は内部犯行説を疑い、極秘に犯人を葬ろうとしていた。
成り行き上、依頼を受けた西野は、妹のように慕ってくるサチ(実は芳正会組長、工藤の娘)の安全を確認するが、その翌日、サチは同じような手口で殺される。西野は本格的にサチを殺した犯人捜査に当たる。
一方、中国人の仕業だと暴走した暴力団員による、無差別な中国人狩りが始まる。新宿に戒厳令がひかれる中、遂に中国人マフィアと暴力団の全面戦争に突入する。
人通りが途絶えた新宿――この事態では真っ当な捜査など望めない。西野は依頼主の時岡警視正に拳銃を要求し、時岡はこの猟犬に秘密裏に拳銃を与える。
犯人の目的は何か。西野は何のために犯人を追い詰めていくのか。

まず印象的なのは、3人の男たちの性格設定だろう。
主人公である辞め刑事の西野は、「獲物を生きたまま銜えて戻って来るように命じられたが、その獲物を噛み殺してしまった狂った猟犬」だ。そして、そのことで自分自身もひどく傷ついている。
組長の用心棒である原は、素手では敵なしのコワイ男。拳銃を使うのは邪道と、独特のこだわりを持っている。暴力信奉者にしては冷静沈着タイプで、力に頼るときも論理的。
そして、新宿署の丸暴担当はみ出し刑事の左江は一匹狼的性格で、警察官にあるまじき行動をとりながらも、法から逸脱することを良しとしない。
つまり、三人とも生き方のヘタな男たちなのだ。
立場も考え方も異なる男たちが、時には反発し敵対しつつ、奇妙な連携を組みながら、物語を展開していく。

容疑者の目的が何なのか――物語は複雑に絡み合っていて読み応えはある。
難を言えば、犯人を追い詰めるまでに大半を要し、肝心の犯人が登場するのは終章近くになってから。そのため、犯人の心理描写や、猟奇殺人に至る経過がおざなりという感じで少々物足りない。
だが、徐々に自分の立場が悪くなっていくのも構わず、ときに体を張り、命の危険をさらしてまで事件の真相を追求する手をゆるめようとしない男たちは、血なまぐさい暴力シーンを描きながら、自身の痛めつけられた姿にさえ冷徹な視線を崩さないハードボイルド特有の文体を踏襲しながら、実はそうした文体だけではけっして隠しきれない、不器用な男たちのにじみ出てくるような熱さが、本書のなかにはある。

原が西野に言う最後のシーンのセリフがいい。
「俺がぶち殺すまで死ぬんじゃねぇ」
オンナ心を熱くする台詞じゃないか。




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