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山田風太郎 








警視庁草子 (上・下)

 1994年3月 河出文庫―山田風太郎コレクション


明治6年10月。江戸と明治が入り混じった時代を背景として、元南町奉行の「隅のご隠居」、元同心・千羽兵四郎、元おかっぴき・冷酒かん八らが、明治新体制の代表ともいえる警視庁・川路大警視や巡査たちを相手に、からかい、翻弄していくという連作集。

物語は西郷隆盛が征韓論に負けて薩摩に帰るところから始まる。
チョンマゲ廃止によってザンギリ頭が増え、さらに廃刀令の公布は武士であった男達の行き場所を奪う。それぞれの事件にその時代の有名人や未来の文化人を配し、絡ませ、維新の元勲たちのその後の姿や居場所を失った武家社会の哀愁など、激動の明治開化によって運命を翻弄された人々の悲哀を色鮮やかに描き出している。
登場する有名人、文化人たるや、河竹黙阿弥や雲霧お辰、のちに「明治の毒婦」と云われる高橋お伝、東条英機の父である東条英教、山岡鉄舟、清水次郎長一家、新撰組の生き残りである斉藤一、幼い頃の夏目漱石や幸田露伴、樋口一葉、少年・森鴎外、そして悲劇の皇女和宮などなど、オールスターキャストだ。

純粋な時代小説であっても、時に作品世界を際立たせるために過剰な状況説明を加える場合がある。だが本書にはそうした不自然な要素は感じられない。確かに文明開化と浮かれていたのは時代の一面ではあったのだろうが、混沌とした社会だから起きる事件の数々。そんなせせこましい世の中に、「隅のご隠居」を中心とした旧幕側の面々が風穴を開けるわけで、なんとも爽快。
政府側・旧幕側のどちらが正しく、どちらが悪いのではなく、時代の持つ熱いエネルギーに飲み込まれ、揉みくちゃにされながら生きる「人間」を軸に、シニカルな視線で自由自在に虚実を取り混ぜて痛快である。途中で少々中だるみを感じたが、読み進むうちに、ちりばめられたさり気ないエピソードや小さな謎が意味を持っていたことに気づいて慌ててページを戻ってみたり。何気なく語られている明治らしさの演出が心憎い。






白波五人帖

 1993年 集英社文庫


江戸幕府を翻弄した天下の大盗賊・日本左衛門。狙う相手は金持ちばかり。庶民に金をまくので、義賊という評判もたつ。従うは一騎当千の若者たち。弁天小僧菊之助、南郷力丸、赤星十三郎、忠信利平。これが世間に名だたる白波五人男だ。
お上に楯つき、お尋ね者となった男たちの運命はいかに? この小説は、ある日、何を思ったか日本左衛門が、自首してしまったところから始まる。 (カバーより)

「昭和32年11月から翌年8月まで『面白倶楽部』に連載」という作品発表年度に吃驚。
「日本左衛門」「弁天小僧」「南郷力丸」「赤星十三郎」「忠信利平」というタイトルの、連作短編集。『白波五人男』のその後を書いているが、もちろん知らなくても楽しめる。

題材とした『白波五人男』は、江戸時代に実在した大泥棒・浜島庄兵衛こと二代目日本左衛門をモデルにした、河竹黙阿弥の世話物の歌舞伎で、本名題は「青砥稿花虹彩画」という。
名奉行青砥藤綱と五人の大泥棒が対決、「知らざあ言ってきかせましょう」の名文句で有名な大見得をきって、まんまと逃げおおす、という内容(もちろん色々なエピソードがある)。

いきなり日本左衛門が自首してきて度肝を抜かれるが、これも悲劇の序章に過ぎない。
日本左衛門が盗賊となった経緯、そして突然の自首へと至る心境の変化を描き、それを軸に後の4編がそれぞれを主人公として物語は進行する。
弁天小僧菊之助、南郷力丸、赤星十三郎、忠信利平の4人が、それぞれに末路を迎える様子は、哀しく、時には凄惨をきわめるが、そこにあるのは人間としての生き様であり、運命の残酷さだ。それだけに、それぞれの哀切がストレートに胸を打つ。

歌舞伎を題材にしているだけあって、けれんも見得もたっぷり効かせ、立ち回りも鮮やか。
宝暦治水工事など、史実のエピソードや、大岡越前以来の名奉行といわれた曲淵甲斐守などが登場したりと、巧妙に虚実混在し、風俗も細やかに描かれていて、印象的な作品となっている。




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