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近藤史恵 








凍える島

創元推理文庫 1999年発行


近藤史恵さんのデビュー作であり、鮎川哲也賞受賞作品。
無人島とはこれまた古風な―とは言い条、お得意ぐるみ慰安旅行としゃれこんだ喫茶店"北斎屋"の一行は、瀬戸内海の真ん中に浮かぶS島へ。数年前には新興宗教の聖地だったという島で、八人の男女が一週間を共にする、しかも波瀾含みのメンバー構成。古式に倣って真夏の弧島に悲劇が幕を開け、ひとり減り、ふたり減り…。由緒正しい主題をモダンに演出する物語はどこへ行く?(本書カバーより)

設定とシチュエーションだけとれば古典的な連続殺人事件。霧がかった島で、だが淡々と凄惨な事件が起きてゆく。でも極端なことをいえば、事件は添え物でしかなく、男と女の危うい恋愛関係に主眼が置かれているようだ。それは主人公であるあやめの持つ、独特な浮遊感ゆえだろう。
彼女の淡々とした語り口は希薄な感覚を醸し、その恋愛観もどこか遊離している。事件の渦中にあるはずの、ひと癖もふた癖もありそうな登場人物たちが心理的にどんどん追い込まれていく過程にも、緊迫感とゆらゆらするような感覚がある。あたかも幻想的な物語を読んでいるような感触なのだ。

「テエブル」「アルコオル」「アコオディオン」など伸ばす音が全部書き換えられているカナ使いがこの作品とは合わないように思うが、それもあやめの危ういバランスを演出しているのかもしれない。
犯人には意外性があるが、女同士の友情にはちょっと疑問。しかし不思議な透明感と狂おしいほどの激情、そんな相反する感性が溶け合った繊細な作品である。






ねむりねずみ

 東京創元社 1994年/創元推理文庫 2000年11月発行


しがない中二階なれど魅入られた世界から足は洗えず、今日も腰元役を務める瀬川小菊は、成行きで劇場の怪事件を調べ始める。二か月前、上演中に花形役者の婚約者が謎の死を遂げた。人目を避けることは至難であったにも拘らず、目撃証言すら満足に得られない。事件の焦点が梨園の住人に絞られるにつれ、歌舞伎界の光と闇を知りながら、客観視できない小菊は激情に身を焼かれる。名探偵今泉文吾が導く真相は? 梨園を舞台に展開する三幕の悲劇。(本書カバーより)

歌舞伎の世界を題材にしたミステリということで興味深々。
歌舞伎というと敬遠するかもしれないが、説明口調にならずにとても分かりやすくストーリーに挿入されているので、分からなくてもすんなり入り込める。舞台の描写も美しく、情景が目に浮かぶかのようだ。歌舞伎の所作についても興味深く、奥深い世界に触れた気分になった。

古典芸能という因習に絡め取られた男――自分を取り巻くすべてのものは歌舞伎の芸のために存在し、役作りのためになら悪魔にすら魂を売りかねない役者の凄みは空恐ろしいほどだ。彼は、生まれたときから梨園の後継者という命運を背負っている。だからこそ、さらなる高みを求められ、彼自身もその生き方に疑問すら感じない、いわば生粋の役者だ。
成行きで探偵のワトソン役となる小菊は、この対極にいる三階(大部屋)役者で、どれほど努力して芸を磨いても、決して花形にはなれない。そんな歴然たる縦社会がはまかり通っている歌舞伎界が垣間見え、面白い。そんな彼らが演じる舞台も観てみたい。

ミステリとしてのトリックは強引だが、どこかもの哀しい空気が漂う。それぞれの心の動きは重苦しいのに、淡々とした筆致がそのおどろしい濃密さを感じさせない。

「人を好きになって、一番大切なことは、その人が自分のものになるか
 ならないかじゃない。一番大切なのは、その人が、その人らしいやり方で、
 毎日を過ごせるかなんだ。」

言ってくれるなあ、小菊さん。じんわり来たぞ。
言葉を大切にする近藤さんの姿勢がいい。






散りしかたみに

角川書店 1998年/角川文庫 2001年8月発行


歌舞伎座での公演の最中、毎日決まった部分で必ず桜の花びらが散る―しかもたったの一枚。誰が、どうやって、何のために花びらを降らせているのか? 女形の瀬川小菊は、探偵の今泉文吾とともに、この小さな謎の調査に乗り出すことになった。
一枚の花びらが告発する許されざる恋。そして次第に、歌舞伎界で二十年以上にわたって隠されてきた哀しい真実が明らかにされていく―。(本書カバーより)

『ねむりねずみ』に続く梨園シリーズ・ミステリ。
華やかな歌舞伎の舞台にはらりと舞う一枚の花びら――なんとも艶美な情景である。そしてストーリー自体も、なんとも艶めいた雰囲気がある。物語の視点が変わるにつれ謎は深まり、あるいは分散されながら、どこかにあるその着地点を求めて読み進めるうちに、その世界に引きずり込まれてしまう。

ただ、後半に入ってくると少々戸惑うかもしれない。提示された謎は確かに解明されていくものの、ミステリとしては反則技すれすれじゃないかな。それでも一度真相が分かってみると、それもまた梨園という特殊な世界にしっくり馴染んでいるような気がしてくるから不思議。
「許せなくても、忘れられる」――この言葉が重い。
人間模様はなんとも複雑に絡み合い、それぞれを滅ぼしていくのだろう。
作者の文体の特徴らしい淡々と乾いた筆致が、切ない愛憎劇に気だるい浮遊感を醸している。

着物を艶っぽく粋に着こなす虹子さんが素敵〜♪ ぜひ一度お目にかかりたいものである。





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