東京創元社 1994年/創元推理文庫 2000年11月発行
しがない中二階なれど魅入られた世界から足は洗えず、今日も腰元役を務める瀬川小菊は、成行きで劇場の怪事件を調べ始める。二か月前、上演中に花形役者の婚約者が謎の死を遂げた。人目を避けることは至難であったにも拘らず、目撃証言すら満足に得られない。事件の焦点が梨園の住人に絞られるにつれ、歌舞伎界の光と闇を知りながら、客観視できない小菊は激情に身を焼かれる。名探偵今泉文吾が導く真相は? 梨園を舞台に展開する三幕の悲劇。(本書カバーより)
歌舞伎の世界を題材にしたミステリということで興味深々。 歌舞伎というと敬遠するかもしれないが、説明口調にならずにとても分かりやすくストーリーに挿入されているので、分からなくてもすんなり入り込める。舞台の描写も美しく、情景が目に浮かぶかのようだ。歌舞伎の所作についても興味深く、奥深い世界に触れた気分になった。
古典芸能という因習に絡め取られた男――自分を取り巻くすべてのものは歌舞伎の芸のために存在し、役作りのためになら悪魔にすら魂を売りかねない役者の凄みは空恐ろしいほどだ。彼は、生まれたときから梨園の後継者という命運を背負っている。だからこそ、さらなる高みを求められ、彼自身もその生き方に疑問すら感じない、いわば生粋の役者だ。 成行きで探偵のワトソン役となる小菊は、この対極にいる三階(大部屋)役者で、どれほど努力して芸を磨いても、決して花形にはなれない。そんな歴然たる縦社会がはまかり通っている歌舞伎界が垣間見え、面白い。そんな彼らが演じる舞台も観てみたい。
ミステリとしてのトリックは強引だが、どこかもの哀しい空気が漂う。それぞれの心の動きは重苦しいのに、淡々とした筆致がそのおどろしい濃密さを感じさせない。
| 「人を好きになって、一番大切なことは、その人が自分のものになるか
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| ならないかじゃない。一番大切なのは、その人が、その人らしいやり方で、
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言ってくれるなあ、小菊さん。じんわり来たぞ。 言葉を大切にする近藤さんの姿勢がいい。
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