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小泉喜美子 

1963年第1回オール讀物推理小説新人賞候補作となった「弁護側の証人」を長編に
改稿しデビュー。翻訳家としても、アーウィン・ショー、クレイグ・ライス、P・D・ジェイムズ、
ジェイムズ・クラムリイなどの作品を手掛けている。
また、「ミステリーは美しく洗練されていなければならない」「ミステリーは大人としての
余裕を持った、知的で遊び心のあるものでなければならない」として、ミステリーの紹介・
評論でも活躍した。
1985年、事故により51歳の若さで急逝。短編は多く執筆しているが残した長編は3冊。
綿密な構成と繊細な文体のしゃれた作品が多い。







血の季節

1982年 早川書房/1986年5月 文春文庫


早春の青山墓地で幼女の惨殺死体が発見された。深夜の独房では死刑囚が異様な告白を始めた……事件は40年前の東京にさかのぼる。美しい公使夫人と書記官はほんとうに死んだのか?(カバーより)

名翻訳家でもあった小泉喜美子氏が残した長篇三部作のひとつで、作者のあとがきによると、『一作目がシンデレラ、二作目が青ひげ、三作目でドラキュラをモティフにする』『西洋三大ロマンの原型』を現代ミステリーとして料理した作品とされ、日本らしい湿気っぽい濃密さと東欧の端正なゴシックロマンとを融合し、独特な世界を構築している。

昭和50年代の「現代」の東京で発生した猟奇的な幼女殺人事件。その容疑者である「ぼく」の少年期の異様な体験の回想とを交錯させながら、物語は繊細かつ幻想的に展開する。
戦前の公使館の屋敷を瞳を輝かせながら遊戯にふける金髪碧眼の兄妹と「ぼく」。内向的な少年の柔らかな感性に染み入る非日常と官能的なまでの妖しさに彩られた恐怖は、甘酸っぱい感傷とともに、美しく鮮烈な印象として「ぼく」の精神に根づいていく。
戦時下の闇に目覚める魔性――だがそれはひと時の目覚めだったのか。じんわりと「ぼく」を侵食していく影。その行き着く果てに待ち受ける「血の季節」。幻想的な彩りに当時の時代背景や風俗が丁寧に書き込まれ、鮮やかにその状況が目に浮かぶようだ。
やがて「ぼく」の回想と、40年後の幼女殺人事件との接点が明らかにされるが、作者はラストにもう一つ、極上のデザートを用意している。

吸血鬼をモチーフとしているが、吸血鬼という設定を物語の中に生々しく描いているわけではない。恐怖の対象たるものの正体を少しずつあきらかにすることで読者の興味をつかみつつ、さらに大きな謎を恐怖の対象として据える――耽美な雰囲気を醸す文体の過去と、抑制された文体で描きだす現代とが、ミステリーとホラーの要素を巧みに組み合わせ、独特の雰囲気で物語を盛り上げていく。その作品の構成の巧みさはさすがだ。

冷たいものにふいにうなじを撫でられるような、色彩すら感じさせるラストが印象的。「ぼく」が語る章の冒頭にボアロー=ナルスジャック『死者の中から』の一節が効果的に引用されているが、最終ページの一行が余韻をさらに深めている。







ダイナマイト円舞曲

1973年12月 光文社カッパノペルズ/1980年12月 集英社文庫


小泉喜美子さんが残された長編の一つで、青ひげをモチーフにした作品。
ネット古書店でもなかなか見つからなかったのに、近所の古本屋さんで見つけて、思わず目を疑ってしまった…ラッキー♪
風光明媚な地中海の小国・ロンバルド公国で、次々と起る王妃の謎の死。
パリ留学時代の親友・クレマンティーヌ王妃の招きで訪れた一般庶民である「わたし」は、到着早々、王宮内の電話の混線から、何やら恐ろしい陰謀を、何者かが企てているのを知る。さらにクレマンティーヌは、毎日少量の砒素を服用させられていたことが分かる。密かに流れる奇妙な噂。それは「独裁国家」を転覆させようと企むクーデターのようだが……。

ヨーロッパの架空の小国を舞台にした陰謀劇、と書くと、なにやらきな臭い国際陰謀小説のようだが、軽快でロマンティックなミステリ。
王室や舞踏会、若いお嬢さんの冒険、そして革命と、一歩間違えれば一昔前の少女漫画に陥りそうな道具立て。それを大人が楽しめる童話に仕立てたのは、作者の教養とセンス、そして遊び心っていうもの。
書かれた年代との相違もあって、少しばかり古臭いところもあるものの、各章ごとに名画のタイトルがつけられていたり、作中に往年の名作映画をちらつかせたりと、洒落が効いている。さらに作者の歌舞伎への造詣さをうかがわせるのが、けれん味たっぷりな見せ場作りだ。
あちこちに張られた伏線も、最後のトリックを知って、初めて気がつくさり気なさで、『血の季節』の陰鬱な物語とうって変わって、軽快な作風。ユーモアたっぷり味わえる。




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