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高村 薫 (たかむら かおる)

■ マークスの山(上・下)
■ 照柿
■ レディ・ジョーカー(上・下)
■ リヴィエラを撃て(上・下)






神の火(上・下)

1991年・絶版初版:新潮社/1995年・改定版:新潮文庫


国際謀略の手駒となるべく育てられた島田浩二は、日本原子力研究所に勤める第一線の技術者である一方、原子力技術に関する機密をソヴィエトの情報機関に流すスパイを務めてきた。ようやくそんな生活から足抜けした島田は、平凡な暮らしを手にいれたつもりだった。
だが父の葬式の席で、島田は自分をスパイの世界に引きずり込んだ張本人である江口彰彦と再会する。江口は、かつて島田が研究していた原発の解析コードに関して公安が動いていることを告げる。それは島田自身が刻んできた過去からの、逃れようもない呼び声であった。
その江口と浅からぬ因縁を持つ幼馴染みの日野草介との再会や、「高塚良」と名乗るソヴィエトからの密入国者との出会い――やがて、それらの要素が建設中の音海原子力発電所に行き着くことに気づいたとき、すでに島田は謀略に巻き込まれていることを知る。
CIA・KGB・北朝鮮の情報部・日本の公安警察などの思惑か錯綜する中、島田は次第に追い詰められていく。

コンピューターや原子力発電所関係の専門用語や難解な部分も詳細に書き込まれ、緻密な情報が積み重ねて、暗躍する複雑な国際諜報を描いたスパイ小説。
島田を取り巻く状況が二転三転し、なかなか真実が見えてこない。諜報合戦や水面下での駆け引きはスリリングで緊迫感がある。その意味では『リヴィエラを撃て』と構造が似ているが、島田が普通の会社に通う日常と、尾行をまいたり、銃を手にするといった非日常を描くコントラストが見事だ。

ソヴィエトのスパイとして生きてきた島田は、その代償として、どの国にも組織にも属することのできない、虚無という大きな空洞を抱えたまま生きている。幼馴染みの日野もまた、属するべき世界に収まることができないがゆえの空虚さを抱えている。
その島田と日野を惹きつける、高塚良という外国人青年――同じ空洞を抱えているであろう筈の青年だが、良はすでにその空虚さをも透徹し、純化した存在として描かれている。
だからこそ、虚無に囚われている島田たちは、無常の向こうに行き着いていているような彼の生き様に惹かれたのではないだろうか。
良は背負った重みゆえ、世界一安全だという日本の原子力発電の技術に異様なほど執着する。国の言いなりに動いているようでいて、しかし、彼の中にある確固とした意思の力に男たちは魅了される。そして、音海原子力発電所を襲撃するテロリストへと変貌していくのである。

砂上の楼閣のような人間関係の虚しさ。それでもひとりの人間として生きようとする男たち。行き場のない苛立ちゆえに、個々の人生を振り回す権力をすべてを承知で、男たちは、もはや止めようもない熱波のような激情に突き動かされて、救いのないラストへと疾走していく。
ラスト――見上げた空の雪模様と場の空間の広がりが、まるで映像のように鮮やかで臨場感がある。

複雑に織り上げられた人間模様に潜む愛憎や、追い詰められた状況の中でふっと浮かび上がる男たちの絆が、高村作品らしく熱っぽくて淫靡だ(笑)。



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リヴィエラを撃て(上・下)

1997年6月/新潮文庫


1993年度の日本推理作家協会賞、並びに日本冒険小説協会大賞を受賞した作品。冷戦時代の国際政治の裏側を暗躍する西側諸国の諜報活動を舞台にしたハードなミステリー。

1992年1月、首都高速のトンネル内で、ひとりの外国人の遺体が発見された。
彼の名はジャック・モーガン。彼が「リヴィエラに殺される」という110番通報があってから30時間後のことだった。その電話の主と思しき東洋系の女性も、彼と同居していた自宅のアパートで射殺体となっていた。二人が暮らしていた部屋に残されたものは生後6ヶ月の赤ん坊と、世界的なピアニストであるノーマン・シンクレアの十数枚のピアノ曲のレコードだった。
リヴィエラ とはいったい何者か? 元IRAのテロリストだったジャック・モーガンは、なぜ日本で殺害されたのか。なぜリヴィエラを追っていたのか。さらに、リヴィエラが関与しているらしい重大な機密とはなんだったのか。
物語は過去に遡り、ジャックが求めたものをあぶりだしていく。

謎ばかりを積み重ねて、舞台は一気に14年前のアイルランドへと跳ぶ。
国際国家、組織などのいろいろな思惑が交錯する。それらに翻弄される人間の愚かさ、無力さ、哀しさ。多くの血が流れる。綿密な設定のなかに垣間見える圧倒的な精緻さ、複雑な社会背景と人間関係が、緻密な文章で組み立てられていく。

リヴィエラの策謀によって、中国からの亡命者である隣人を暗殺してしまうという過ちから、自身も裏切り者として消されてしまったIRAの父親をもつジャック。彼にとって、逃亡先のイギリスでの、ノーマン・シンクレアとのわずかばかりの交流が、唯一の心の拠り所だった。
だが、そのノーマン・シンクレアが、リヴィエラをめぐる陰謀に深くかかわる人物であることを知る。結果として、父の汚名を背負ったまま、ジャックはIRAのテロリストとなる。
父が殺してしまった中国人の娘であるウー・リーアンを愛したジャックは、彼女のためにIRAから抜けるつもりが、CIAに所属する「伝書鳩」によって暗殺者とならざるを得なくなる。

どうしようもない現実に翻弄され、恋人の面影を追いながらも、暗闇に生きるしかなかったジャック。そして、ジャックを中心に展開する人々の、魂が呼び合うかのような濃密な男たちの関係は繊細でドラマチックだ。
ジャックの激しい生き方に巻き込まれるかのように、情報部員や警察幹部などの様々な立場の人物が、自らの意志で「ひとりの人間」としてリヴィエラの秘密へと立ち向かっていこうとする。無論、彼らにはそれぞれの思惑があるからではあるが、それでも人が人に対する信頼は、ジャックにとっても読者にとっても、せめてもの慰めであるのかもしれない。
けっして歴史の表に出ることのない静謐な闘いとその終末を描き切ることによって、大河ドラマにも匹敵する壮大な世界が構築されている。

一時期、自分がIRA関係の本を乱読していたこともあって、あまりにも哀しいジャックの生き様に複雑な思いを馳せた。
彼の故郷である春浅いアルスターの風景は、くすんで鄙びた無彩色の世界なのだろう。

「階段の最後はきっと、まだ神も人間も住んでいなかった頃のアイルランドの大地だ。草と風と空だけがある……」

作中で繰り返し登場する「ブラームスのピアノ協奏曲第2番」のメロディとともに、ビショップスゲートの露天商でジャックの叫び、「ノーマン!」がいつまでも胸に残響する。運命に翻弄されたジャックとノーマン・シンクレアの関係が、もどかしく、そして息苦しいほど切ない。胸の底にどっしりと重く冷たい余韻が沈み込んでいく。



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李歐(りおう)

1999年2月/講談社文庫


日本と大陸を股にかける、青春と恋愛を絡めた冒険大活劇・ハードボイルド風味。
6歳で母親に捨てられ、世の中に対して屈折した感情を抱く吉田一彰。今は阪大の工学部に在籍しながらも無為な毎日を送る一彰は、バイト先のクラブ・ナイトゲートで美貌の殺し屋・李歐と出会う。まるで女のように艶かしく踊り、強烈な個性と魅力を持つ李歐。彼との出会いによって、一彰のその後の人生は大きく左右されていく。

中国の公安やらCIAやらテロリストやら大阪府警やら大阪きってのやくざやらと、血生臭さい話がからんでいても、そちらが主体なわけじゃない。端的にいえば、一彰と李歐のラブストーリーである。
しかし作品の中で二人が一緒にいる時間は長くない。一彰と李歐の二人でやったことといえば、100丁の密輸拳銃をヤクザから横取りすることくらいだ。大陸での再会を約束して二人は別離する。李歐と一彰は多くのものを失いつつ、それでも約束の地にたどりつくことを夢見てあがき続けるのだ。
とはいえ、二人の間にはっきりとした恋愛感情や行為の描写はない。あくまで、そこはかとなく淫靡な関係に留まっている。

しかし、この二人がなぜそれほど惹かれ合ったのだろう。
一彰の抱える過去は、けっして軽々しいものでもなければ、平凡なものでもない。だが、当時文化大革命で悲惨な状況にあった中国大陸で生まれ育った李歐の人生は、一彰の過去など霞んでしまうほど壮絶だ。それでも互いに強く惹かれ合う――まるで別たれた半身を求めるかのように。
そして、ふと思うのだ。恋愛さえも超越してしまう、互いの魂を求め合う。そんな相手こそ、人は本能的に求めているのかもしれない。

「この世界で、他人の口から身を守る方法は二つある。一つは、殺す。
もう一つは、相身互いの共存だ。ぼくはあんたに名前を教えることで、
それなりの代償を払う。あんたも、ぼくの名前を知ることで応分の代償を
払うことになる。そういうことさ」

ほとんど一目惚れのごとき出会いから再会するまでの15年を、2人は互いの生存だけを信じて互いの絆を深めていく…という、一歩間違えば陳腐になってしまいそうな物語を、人と人との運命的な出会いと、揺れ動いていく心情を描いた人間ドラマとして読ませ切ってしまうのは、高村薫という作家の力量ってものだろう。

作品の凶暴性が潜んだ猥雑な背景と対照的に、作中に何度も使われる満開の桜というモチーフが、華やかさ、儚さ、妖しさ、そして力強さとそれぞれに描写され、とても印象的。



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マークスの山(上・下)

1993年3月/早川書房  2003/01/25講談社文庫


第109回直木賞受賞作。『照柿』『レディ・ジョーカー』へと続く合田雄一郎シリーズの1作目に
あたる。
16年前に甲府の山中で起きた土木作業員による殺人事件、心中事件の生き残りの子供、
精神病院で起きた看護士殺害事件、甲府の山中で発見された白骨死体と、過去の事件が
提示され、やがて何か特殊な道具で頭に穴を穿たれて惨殺されるという連続殺人事件が起
こる。
しかし、本書はミステリではない。犯人は始めから分かっている。
物語は、それらの何の関係もなさそうなバラバラの要素と、犯人側、警察側、そして犯人が
脅迫している者たちの動きや心理を丁寧に描写していく。つまり、結果ではなく過程を求めて
いく手法だ。
捜査によって発見される手がかりや事実と、合田刑事たちの地道な捜査と思考錯誤によっ
て、過去の事件は少しずつ繋がりはじめ、絡み合い、重厚な物語を生々しく紡ぎだしていく。

幼い頃の不幸な出来事により精神を病みその重さを抱えて生きるうちに、マークスという別
人格を生みだし、殺人者への道へと進む青年・水沢。彼は偶然知った過去の犯罪のをネタに
彼らを脅迫し、彼らを消して行く。
水沢の救いのない人生においてただ一つの救いは、彼に優しかった精神病院の看護婦・真
知子だ。次第に募る不安と水沢の行動への疑問に揺れながらも、真知子は最後まで彼をか
ばい続ける。だが、結果的に水沢を追い詰めて行くことになる。
一方、脅迫されるのは、大学教授、官僚、医者など高い社会的地位をもつ。そのため、彼ら
は警察に有形無形の圧力をかけ続け、捜査の最前線にいる合田刑事たちを苦しめる。
合田はそれらと戦いながら、なかなか見えてこない残虐な犯人の姿を思い描き、次第に追い
詰められて行く犯人の次の犯行を防ごうとする。

この合田刑事もまた、過去のしがらみを背負っている。自己の生き方を模索しながらも、日々
のあわただしい刑事人生に追われ、悩み続けている。自分に絶望し、誰とも心を通わせられ
ない。彼の心の深奥を理解しているのは、学生時代からの友人であり、別れた妻の兄でもあ
る加納祐介だけだ。そんな合田刑事の生き様そのものが物語の中核をなし、理性的であり
ながらも時おり訪れる感情の揺れが鮮やかに、ときに生々しく迫ってくる。魅力ある男性の描
写が巧みなのは、作者が女性ゆえかもしれない(笑)。

ストーリーだけ追うと、多重人格者の犯罪に目新しさはない。94年度の『このミステリーがす
ごい!』では『マークスの山』が第1位となったらしいが、ミステリのつもりで読んだら眉間にシ
ワが寄ってしまう。
この物語は、濃密な心理描写から浮かび上がってくる人の生き様にこそに主眼があるので
はないだろうか。誰もの心の奥底に潜む暗い情念を引きずり出す、圧倒的なエネルギーこそ
が「マークスの山」なのだろう。

追い詰められた水沢が「山」へ向ったと知り、合田たちは南アルプスへ向かう。
刻一刻と激しさを増す雪山の捜索。見つからぬ水沢に焦る捜索隊の緊迫感に圧倒される。
ラスト――静謐な筆致が哀しくも美しい情景を映しだす。



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照柿 (てりがき)

1994年7月/講談社


帯に「魂をゆさぶる現代の"罪と罰"」とあるが、私はアガサ・クリスティの、実行に移すまでの過程からその瞬間に向かっていく様を描いた『ゼロ時間へ』を思い出した。もちろん内容はまるっきり異なるのだが。
本書でも、前作『マークスの山』のような警察小説的ニュアンスは引き継いでいるものの、今回のそれは物語の背景に過ぎない。 主軸になっているのは日常の中で何かが少しずつずれていく心理描写である。人間の業や熱波のような狂気が交錯し、やがて「ゼロ時間」へと導かれてしまう。ただし、間違ってもこの小説はミステリではない。

8月の狂いそうになる暑い夏。合田刑事は電車の飛び込み事故に遭遇し、そこで偶然出会った女に一目惚れしてしまうところから話は始まる。
合田の女への恋情は日に日に強くなるが、女は合田の幼なじみである野田達夫の愛人だった。1人の女をめぐり、男たちの歯車が狂っていく。
しかし、物語は遅々と進まない。合田と野田の過去と現在の、執拗なくらい綿密な描写が延々と続く。 それはまるで暗い海の底へ引きずり込まれるようで、息苦しさを感じるほどだ。
でもそこで放りだしてはいけない。最後まで読むと、彼らの今までの生き様が鮮やかに浮き上がり、茫然とする。

それにしても驚くのは合田さん。人間の弱さも狡さもあからさまにされた合田の壊れっぷりが凄まじい(笑)。
そして一番印象深かったのが、紬の着流し姿の義兄の加納が亡父の霊前で合田とともに聖書を読む場面――着流しに聖書……素敵♪



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レディ・ジョーカー(上・下)

1997年12月/毎日新聞社


デビュー作『黄金を抱いて翔べ』は文章フェチの私はちょっと苦手だった。以来、ご無沙汰
していた高村氏の作品であるが、ここではまった……今さらだけど(笑)。
物語の道すがらに出会うものは、社会の閉塞感だけだ。

本書の中心をなしている犯罪は、グリコ・森永事件を下敷きにしていると思われるが、この事件の不透明な要素たちを、高村氏は作品の中で再構築していく。
日本一のビール会社・日之出麦酒の社長・城山が「レディ・ジョーカー」に誘拐され、製品を「人質」に現金20億円(表向きは6億円)を要求される。城山は警察とマスコミの目を欺き、犯人グループとの裏取引を実行していくのだが、まず事件の発端までが長い。主要人物をひとつひとつ丁寧に提示したうえで、作者はこの事件を、犯人側、警察側、新聞社側、そして犯人が脅迫する企業の動きや心理を、それぞれ丹念に描き出し、物語は複雑に展開していく。

「レディ・ジョーカー」を名乗る犯人グループの各個人は、どうにもならない現実に倦み、厭きている。行き場のない彼らの共通項は競馬だけだ。それぞれの境遇から内面に抱えた鬱屈を社会に向けて表現しようとし、それが犯罪という形で実現することになる。当然、彼らの結びつきは偶然に過ぎない。動機も目的も、行き当たりばったり的要素が強い。
そもそも犯人たちが金の奪取を第一にしていないのだから捜査は困難を極める。さらにこの事件を契機に、企業を取り巻く大きな腐敗構造が顔を出すことになる。

本書の大きな特長をひとつ挙げるとすれば、構成の綿密さ、用意周到さ、几帳面さ、ということになるだろうか。
警察だって部署が違えば優先順位が違う。キャリアとノンキャリアの温度差。警察署内にも対立があり、警察対検察の縄張り争いもある。新聞社の姿勢と、記者の事件に対する執念。
企業内部の闇の部分は代議士や総会屋へ、そしてまた、仕手筋や韓国の闇の組織へと連鎖していく。
犯人探しとか、どんでん返しのようなミステリ的要素はほとんどなく、ひたすら、じりじりとした駆け引きが展開していく。読後の切れ味もよいとは言えないが、重厚な読み応えのある作品である。
それぞれの組織のそれぞれの論理と、事件に関わる個々の事情が錯綜し絡み合いながら、社会の有り様を破綻することなく描ききっている。

伏線として取り上げられた部落差別問題、在日朝鮮人問題、障害者問題、老人問題等についての掘り下げ方は中途半端で、刺身のツマのような扱いになっているのが残念。だがそれも、どこまで行っても真の解決に至らない、社会的諸問題が内包する矛盾ゆえなのかもしれない。「日本はどうなってしまうのか」の一文が胸を突く。


さて、以下はJUNEな視点になる。
この物語の中核にいるのが合田雄一郎という刑事。彼が登場する「合田シリーズ」は、高村作品の系譜上では第一作『マークスの山』 、第二作『照柿 』に続く第三作目にあたり、本書が完結作になるのだそうだ。
ノンキャリア警察官としてはエリート路線を行く男だが、どこかで人生を捨てかけているような危うさがある。その危うさを自分でも意識しており、葛藤し続けている。それでいて自分の立ち位置を、まるで他人のような冷静さで静穏に見据えている。自分自身を自分の中で切り捨てているのだ。そして、それと同様に、他者と自分を冷徹なほど切り離している。
その内面を映す、いつ暴走するか分からない彼の危うさと奇妙な静けさの混沌に人は惹かれてしまう。人の執着をまねく、罪な男である。

犯人グループの一人である刑事・半田修平は、彼の静穏さを壊したい衝動にかられ、自ら壊れていくことを望むし、義兄である加納祐介検事は、微妙な距離を取りつつ18年かけて合田の中に自分の存在を位置づけていく。それはもう、執念深いというか、我慢強いというか…。

加納が登場したときから合田との位置に妙な妖しさを感じて、これは私の邪まな視点ゆえだろうと自分に言いきかせていたのだけど、

「君は、俺を聖人君子だと思っていたのか……?」

この台詞でズキンと来た。この言葉は重い。
「辛いことが辛くなくなることはない」と告げる加納は、合田に対する尋常ではない執着を静かなたたずまいの中に隠している。始めは、暴走しようとする合田を見守ろうとする友情だったのかもしれない。合田の中に踏み込めない壁をぶっ壊したくなっていったのかもしれない。そんな感情が、次第に合田への執着となっていったのだろうか。

終盤、合田が重傷を負ったとき、加納は静かに押さえつけていたその感情を、爆発させてしまう。

「君は俺を何だと思っていたのだ。俺を置いて死ぬ気だったのか」

そして合田は、加納に依存しつつ、それに気づいていなかった…または気づかぬ振りをしていた自分を知る。いつも端然としている加納がみせた脆さに動揺し、憎悪さえ感じる。
その一方で、合田は、加納の感情を揺さぶるのが自分であることを実感し、さらに「人のことを思い煩うというのが、こんなに苦しい」のかと驚く。そして、そのことに深い充足感を覚えるのだ。それでいて、そんな自分に狼狽する――この期に及んでも、アンバランスな男である。
この不均衡な感情が生きていることと自覚した合田が加納に書く手紙には、なんとも切なく、温かい「生」の感情が滲みでている。

半田の半端じゃない妄執といい、加納の執着といい、この愛憎こそがJUNEじゃないか!
こうなると、合田刑事の過去が知りたくなる。ということで、ただ今シリーズ作品を読書中。
たとえ苦手な文体でも彼のためなら頑張るわっ、私♪(笑)。



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