2002年9月/新潮文庫
時は平安時代。若き日の藤原道長と西域の血を引く天才少年楽師・秦真比呂(はたのまひ ろ)が、器物に憑いた物の怪が引き起こす怪異を解明していくという連作短編集。
のちに、
| 此の世をば我が世とぞ思ふ 望月の虧(かけ)たる事も無しと思へば
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| (この世は、私の世だと思うよ。今宵の満月のように、欠けるところなく
| なんて驕りたかぶった短歌を残す道長はまだ25歳の若者で、身分は中納言。 相方の真比呂は15歳。秦氏の息子となっているがその出生には謎があり、雅楽に人並みは ずれた才能を持つばかりでなく、物の怪に対して陰陽師以上の不思議な能力を持っている。 魑魅魍魎の起こす怪異を、(まだ好青年だった)道長と美少年楽師・真比呂が解決する―― というパターンで、怪異をなす狛笛、鼓、琵琶、象太鼓、といった楽器と楽曲を軸に、物の怪 となってしまった存在が抱え込んだ想いを綴られていく。 同じ時代背景ということもあって夢枕獏氏の『陰陽師』と世界観が似ているが、おどろしさは ない。切り口が違うと、これほど華やかで美しい小説になるのだと驚かされる。
楽器を作った者の想い、美しい楽曲を人々に届けたい想い、その楽曲を愛してくれた人々に 対する愛情が、この切ないほど激しい想いを積み重ね、やがて何を引き起こすのか。短編で あるがゆえに、物語は端正に繰り広げられていく。 解決した後に見せる真比呂の、物の怪となってしまったものの持つ悲しみを慈しむ優しさは、 読み手をも柔らかく癒していく。雅楽の調べが感じられるような美しい物語だ。
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