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伊坂幸太郎 (いさか こうたろう)







アヒルと鴨のコインロッカー

 2003年11月/東京創元社


第25回吉川英治新人文学賞授賞作品。
引っ越してきたアパートで、最初に出会ったのは黒猫、次が悪魔めいた長身の美青年。初対面だというのに、彼はいきなり「一緒に本屋を襲わないか」と持ち掛けてきた。彼の標的は、たった一冊の広辞苑。僕は訪問販売の口車に乗せられ、危うく数十万円の教材を買いそうになった実績を持っているが、書店強盗は訪問販売とは訳が違う。
しかし決行の夜、あろうことか僕はモデルガンを持って、書店の裏口に立ってしまったのだ!四散した断片が描き出す物語の全体像は?(本書カバー)

ミステリでもあり、恋愛小説でもあり、青春小説でもある。
物語は2年前の過去と現在とが交互に語られ、やがて過去と現在が捻れるように交錯していく。それぞれのストーリー展開も深く、気を抜いて読んでいると足元をすくわれるかもしれない。
ごく普通に交わされる会話や、ちょっとしたエピソードなどに細やかに仕掛けられた伏線が、ある事件の予兆を暗示していたことに驚かされる。そしてそれらが、次から次に連鎖反応を起こすかのように繋がって、やがて驚くべきラストへと一気に収束していく。

重いテーマを扱い、シリアスな内容ながら、それを感じさせない軽やかさがいい。
結末は悲しいのに、不思議なほど清爽な印象を受ける。それなのに読後の余韻は、切なく、もの悲しく、なんともやり切れない憤りがある。
犯した罪を贖うことはできない。それでも人は生きていくのだな……。

ただし、読む人の感性によっては生理的に拒絶反応を起こしそうなシーンもある。正直なところ、あまりにも描写が生々しくて、私はそのあたりは読み飛ばしながら読み進めた。気が弱いんだ、私。






陽気なギャングが地球を回す

 2003年2月/祥伝社


軽快な文体に、軽快な登場人物の繰り広げるコメディー・クライム・ノベルス。
人間嘘発見器でクールなリーダー役の成瀬。動物愛好家でスリの達人・久遠。口だけで生きているような演説の名手・響野。正確な体内時計を保有するシングルマザーの雪子。
ひょんなきっかけで偶然出会ったこの4人は、現在、ロマンある銀行強盗を繰り返しては百発百中の銀行強盗グループである。
「現金輸送車の襲撃にはロマンがない」とのたまう彼らの手口は、窓口カウンターまで最小限の変装で近づき、「警報装置を使わせず、金を出させて、逃げる」というシンプルなもの。
綿密な打ち合わせのもとに行なわれた銀行強盗からの逃走中、4人は思わぬアクシデントに見舞われる。

とても上質なコンゲーム。4人の視点が順番に切り替わりつつ物語が進行していくのだが、読む者の手を止めさせない勢いとスピード感がある。
コメディ作品にはキャラ立てが重要だが、脇役も含め、キャラクターがとても魅力的。
もちろん生まれながらの人間嘘発見器や、正確な体内時計のような特殊能力を持つ人間がいるとは思えないし、天才的なスリといい、演説の達人といい、設定としては出来すぎの感がある。しかし登場人物たちの軽妙な会話やリズム感が心地よく、ユーモアや薀蓄もスパイスがほどよく効いて、読み進むにつれ、そんな不自然さも気にならなくなる(笑)。

そして何といっても楽しいのは、綿密な下見に作戦会議、そして実際に実行する銀行強盗。その最中の響野の薀蓄満載の演説。呆気に取られている行員や客の顔が目に浮かぶようではないか。5分きっかりで仕事が終われば、優雅なお辞儀と「ごきげんよう」の挨拶を残し、スマートに去って行く――なんともお洒落で爽快。
この痛快なストーリーに、障害を持つ少年や中学生の陰湿で残忍ないじめなどの重苦しい話を、ユーモアを交えてさり気なく加えているあたりは作者の力量なのだろう。

各章の始めに、その章に関係する一つの単語とその言葉の説明があるが、それがまた楽しい。ごく普通の辞書的記述から始まり、章が進むにつれウィットに富んでいくあたり、シニカルで洒落っ気たっぷり。
伏線の張り方もさらりと見事で、終盤で次々収束していくさまはいっそ快感。
伊坂氏自身のあとがきで映画を引き合いに出されているが、本当に映像が浮かんでくるようだ。遊び心満載のエンタテイメント作品である。




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