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ピーター・レフコート  







二遊間の恋―大リーグ・ドレフィス事件

1995年2月/文春文庫


ランドロフ・ドレフィス(ランディ)28歳。長身でブロンドのハンサムさん。
伝統ある大リーグの白人スター遊撃手にしてMVP最有力候補。今期も高打率をマークで成績上々、来期の契約は超高額での更新確実。野球の殿堂入りも夢ではない。
ブロンド美人で聡明な妻との間に双子の娘あり。飼い犬の神経症が唯一のネックポイントという「アメリカの理想の家庭」を持っている。
そんな男がある日突然、恋に落ちた。相手は妻ではなく、ロード中に出会ったファンでもないく、よりにもよってチーム・メイトでダブルプレー・デュオのパートナーである、寡黙でストイックな黒人二塁手D・J・ピケットだった――。
と書くとキワモノ扱いされかねない内容だが、なかなかどうして読みごたえがある。

ゲイに目覚めてしまった自分に煩悶するランディ。それ以上に恋という熱病は厄介だった。
ランディにとって幸運だったのは、恋した相手DJもゲイだったこと。
しかし突然目覚めたランディと違い、DJは幼いころからゲイであることを自覚していた。相手が「男だけれども好き」なのではなく、「男だから好き」という筋金入りだ。だからゲイであることのリスクも充分わかっている。
ランディの恋心に気づいたDJは、自分がゲイであることを打ち明ける。それがばれたら自分の選手生命が終わるであろうリスクを告げる。
「このことを忘れるように努めて、頭から消えるかどうか待ってみろ」
「あとになれば、なにかの行きちがいだったとわかるかもしれない」
と、今の社会でゲイとして生きることは楽な生き方ではないと忠告する。
 一度は忠告に従うランディだけど、そんなことで消えるなら恋に悩む人はいないよね。
ついにDJは、ランディの熱烈な求愛に引きずられるようにそれに応えるのだった。

さて、ストーリーはここから大きく動き出す。
すったもんだで恋人関係になるも、やってることは不倫。しかも男同士で、さらに白人と黒人。ことは隠密裏に、くれぐれも慎重に運ばなければ…のはずが、ちょっとした気の緩みからバレしてしまい、全米を巻き込む大事件に発展する。
前大統領のスキャンダルでも分るように、自由の国アメリカの住人は、ことSEXスキャンダルについては女子小学生なみに潔癖なのだ。
ランディと妻のそれぞれの苦悩、冷淡なチームメイトや保守的なチームオーナー、ハゲタカのようなマスコミとの勝ち目のない戦いが始まる――。

とまあ、スキャンダラスな事件を扱っているのだけど、俗受けを狙ったいやらしさ、はったりはない。恋という厄介な感情に真正面から取り組んでいる。恋愛小説としても野球小説としても、ひねりのきいた風刺小説としても小気味いい。読み手がどこに視点を置くかで受け取り方が違ってくるのかもしれない。
恋愛小説に視点を置くなら、本格的でオ−ソドックスで骨太な作品だ。
つまり、この恋愛は男同士である必要はないのかもしれない。
しかし、恋とは切なく苦しい感情である。ましてやランディにとっては、同性に対する得体の知れない感情――初恋――に、当惑と不安が激しく交錯するばかりだ。傍から見ている第三者(読者)の目にはどこか滑稽に映るが、当事者には深刻で恐怖ですらある。
もはや恋愛に生じるこんな緊張感は、男女の恋愛では生まれ難いのかもしれない。
なんたって「マディソン郡の橋」のような不倫小説が世界的に大ヒットする世の中では、「この感情は何なのだろう?」と、今さらの恋にうろたえるような純情を求めるのは難しいってもの。

それは、ある意味ではJUNEの本質でもあるし、結婚生活に満足している人や、充実した独身生活を謳歌している人が、「この感情は何だろう?」と当惑し動揺してしまうような恋愛は、もはやホモセクシュアルぐらい衝撃的じゃないと描けないのかもしれない。
思わせぶりな比喩に野球用語を頻繁に用いたりしてコミカルな筆致ではあるが、品性を失わない程度に抑制しているので、さらりと読める。
「野球」を丁寧に描写することでリアリティを持たせ、それでいて叙情的な恋愛ドラマに仕上がっている。あ、野球に興味がなくてもそれとなく察せられるから大丈夫(笑)。当人同士だけが盛り上がって進行するようなお手軽なラブストーリーに飽きた方にお薦めする。

ところで、副題の「ドレフュス事件」とは19世紀のフランス陸軍で起きたスパイ冤罪事件を踏まえているのだそうだが、私に知識がないせいか、最後までドレフュス事件との関連は分からなかった。「ドレフュス事件」について詳しく知りたい方は検索をかけるとポロポロでてくるので、そちらをご参照ください。




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