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このページは、短文の書評をまとめてあります(当サイト比…笑)。
長文の書評と2作品以上の書評は、作家別のページになっています。







天地に愧じず-御算用日記六道 慧(りくどう けい)

 2005年9月/光文社文庫


『青嵐吹く』の続編。並外れた着道楽と食いしん坊の2人の姉の借金のために、幕府御算用者になる羽目になった生田数之進の今回の仕事は御家騒動に揺れる播磨国高野藩への潜入。勘定方として藩の収支から真実を探ろうとする数之進たちと、改易を目論む幕府との駆け引きなど、緊張感のある舞台が用意されているが、主人公がどこか長閑な性格なので活躍ぶりもほんわか楽しい。
数之進は、多額の借金があろうと懲りない姉たちに翻弄されながらも自棄にもならならず、人情味ある事件解決能力を見せてくれる。
設定にいろいろと疑問や不備も感じるが、一癖ある個性豊かな登場人物が脇を固め、ユーモアもあり、さらりと読める。

ファンタジー・ノベルや伝奇小説の六道さんが、いつの間にか時代物を中心に活動なさっている様子で、「縁切り屋」シリーズやデビュー作のSF物から読んでいると、陰陽師も出てこないし、妖しげなものも登場しない、いわゆる正統派時代小説は何となく不思議な感じ。






涙堂 琴女癸酉日記 宇江佐真理

 2005年8月/講談社文庫


真面目一筋の夫が殺されねばならなかった原因探索を物語の縦軸に、妻の琴をはじめ、彼女の家族や幼なじみ、夫の元手下など、人それぞれの思いや出来事を、日常の風景、季節の移ろいに織り込んで描きだす情の機微を描いた時代小説の連作集。

武家(八丁堀)の生活しか知らない琴が、不穏な匂いのする父の死を探ろうとする息子や婿の身を案じ、侍を捨てた次男の絵師という仕事や年上の女との恋にヤキモキし、幼馴染に愚痴を云ったり聞いたりしながら町人の生活に馴染んでいく。怒ったり笑ったり、時には母として厳しく諭す琴がなんとも可愛らしい。
世話物のせいもあって物語の長さに比べて登場人物が多く感じるが、それぞれの性格やエピソードが印象深く描写されているのが見事。

読み進めるにつれ、琴の息子や婿たちの努力で夫の非業の死の真相が明らかになっていくものの、いわゆる「捕り物」のようにすっきり解決するわけではない。因果応報というか、やがてそれぞれにふさわしい末路が準備されている。
そういう意味ではミステリという味つけは濃くはないが、勝ち気な琴と彼女をめぐる人々が生き生きと描かれ、それが面白さを醸している。

最終話「涙堂」――、死んだ夫の手下であった伊十と琴との淡い関係が味わい深く、印象的。大晦日の雪の夜の静けさが切ない。






贋作天保六花撰(うそばっかり えどのはなし) 北原亞以子

2000年6月 講談社文庫


松林伯円の講談「天保六花撰」のパロディ。だから贋作(うそばっかり)なのね。
主役は直次郎。ゆすりたかりで生計をたてる色男。ちょっとした気の迷いで貰ってしまった彼の妻は、病気がちで精神的にも子供のまま。純真無垢な妻のために直次郎は今日も金策に走る。気楽に、楽しく、ほほえましい連作短編。
あやのの世間知らずな無垢さに翻弄される登場人物たちが秀逸で、なんともほんわりした人情味とおかしみを醸し出している。
勘違い故事がお得意の丑松がいい。「火の玉は黒」(ホントは「子、曰く」)には思わず噴出してしまった。癒し系ピカレスクといった感じ。






大盗の夜―土御門家・陰陽事件簿 
澤田ふじ子

2004年11月 光文社/初出 2002年7月


澤田さんが陰陽師? なんだかとっても不思議な取り合わせ…ということで、早速読んでみた。
江戸幕府より朱印状を授けられ、全国の占い師や芸能者を統括する安倍晴明を祖とする陰陽師の一族土御門家。その一族で京都触頭である笠松平九郎が、京都市中に起こるさまざまな事件を解き明かしていく――のだけど、ここに描かれているのは怨霊と戦ったり、超常現象に立ち向かったりする超人的な陰陽師ではない。四条小橋の傍らでひっそりと観相・易をしながら、さまざまな庶民の事件を解決していく、言わばしっかり地に足のついた陰陽師。

江戸時代、陰陽師とは人相見・手相見をする易者の総称だった。
町の治安維持にあたるのは奉行所の同心たちだが、その数は人口から考えるとかなり少なかったそうだ。しかし犯罪の発生率は驚くほど低かった。それは、「落語で長屋の八つぁんや熊さんが喧嘩をはじめると、すぐ大家がきて仲裁」したり、一つの長屋に1人くらいはいたらしい陰陽師らが庶民の人生相談に乗り、犯罪の発生を未然に防ぐ役割りを担っていたのだ。
つまり陰陽師とは人間を洞察し、人の心に棲む嫉妬や憎悪、欲望をコントロールして沈静させるカウンセラーの役割りだった。そのためには方便としてトリックも使う。騙しのトリックも、トリックだから手品のような種がある。

人間の心の闇から生じる様々な事件を、帯刀を許され、小太刀の名手でもある笠松平九郎が、合理的に、そして人情味たっぷりに解き明かしていく――うん、これなら澤田さんらしい。
落ち着いた語り口でさり気なく癒していく。






斑鳩宮(いかるがのみや)始末記
黒岩重吾

2000年1月 文芸春秋/2003年 文春文庫


聖徳太子の命を受けた子麻呂(ねまろ)とその部下たちの活躍を描く、奈良の都の捕物帳。
時代設定は飛鳥時代。聖徳太子が冠位十二階の制度を作らんとしている時期――古代にまで遡るミステリがあったとは目からうろこだった。
主人公は厩戸皇太子(聖徳太子)から事件が発生したときの探索方に任命された、舎人の長の調首子麻呂(つぎのおびと・ねまろ)。直情決行型の男ゆえ、人の機微や裏の人情を窺うのは、ちと弱い。その補佐役の部下に魚足(うおたり)を配し、役人も農民も、男も女も、そして死体をも含めた登場人物全てが、渦巻くように濃密に絡み合った人間ドラマという感じ。高潔で理想に燃える厩戸皇太子の姿と、彼を慕う主人公の心根が、この小説の全体に清涼な風を渡らせている。
ミステリとしてよりも、その時代に生きる人々の生活、そして厩戸皇太子が政治の革新を志していた時代の苦悩が窺え、古代の外史としても面白い。



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