ハヤカワ・ミステリ文庫
ベトナムの帰還兵で、タクシードライバーを主人公とするハードボイルド。 女性をターゲットにしたようなシリーズ4作品の情緒的なタイトルだが、私もタイトルに魅かれて買った覚えがある。
主人公のクーパー・マクリーシュはシカゴのタクシードライバー。恋人のダイアナには、学歴があるのだから、リスクの多い運転手などやめて欲しいと言われつつ、人間関係人がうまく築くことができない彼は運転手にこだわる。 血の気は多いが、人生の途中で立ちすくんでしまった、悲哀を滲ませた中年男は、ハードボイルドでは定番のキャラクターだが、その性格設定や清新な印象を残す独特の雰囲気がいい。事件に巻き込まれ、身も心も傷つきながらも解決していく様子が一作毎に展開していく。
4「長く冷たい秋」(1991年) ベトナム戦争に軍曹として従軍し、帰還してから大学に復学。当時憧れていた女性が自殺した。しかし彼女の死に疑問を抱くその息子とクーパーは事件に巻き込まれていく。 息子を必死に守ったり説教したりしながら、自分の空疎さを意識する男の心情が切ない。
4「雨のやまない夜」(1992年) クーパーの恋人ダイアナの昔の恋人が出現。クーパーには内緒で元恋人の犯罪に加担することになってしまう。疑心暗鬼に陥る男と女の物語に陥りそうな手前で踏みとどまったっていう感じだろうか。事件の決着、真相の説明など、手際よく組み立てられている。第二次世界大戦に参加した退役軍人の老人と、ベトナム帰りのクーパーが、お互いの戦争をセンチメンタルでもなく、愚痴っぽくもなく、淡々と語るシーンが印象的。
4「春までの深い闇」(1993年) 今回は政界のスキャンダルを追う新聞記者の友人に、事件に引き込まれる。ストーリーは伏線を引きまくった割に、事件の展開にさして意外性はない。恋に目が眩んでしまう中年の新聞記者や息子との微妙な関係に味がある。
4「過ぎゆく夏の別れ」(1995年) クーパーは前作で助けた富豪の運転手となる。その富豪の息子が殺害され、クーパーは探索を依頼される。シリーズの底流を流れるクーパーの優しさが端的に描かれ、二組の父子の関係が切ない。よく練られたプロットが秀逸。
クーパーはベトナムで嫌というほど死を間近に見たせいで、生き方は屈折している。自虐的な一面を抱えながらも、彼の人間的な優しさが魅力的だ。恋人との関係も密接でありながら、微妙な距離感がある。事件を通じてたまたま見つかった息子との距離感も面白い。 でも、彼の優しさは、当事者(特に恋人)には伝わりにくい優しさなんじゃないかな。男が示す優しさと、女が求める優しさには、キャップがあるのかもしれない。
推理部分の展開はちょっと甘さを感じるが、心情的な語り口と叙情的描写、じっくりと書き込まれた人間関係などで、味わい深い作品になっている。父と子との物語でもあり、心に傷を持つ人間同士の絆を描いた作品としてもお薦め。
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