2004年/角川書店[ハード・カバー上・下]:2006年3月/角川文庫[上・中・下]
パリでの講演を終えてホテルにいたハーヴァード大学宗教象徴学教授ロバート・ラングドンにとって、事件の始まりはルーブル美術館館長ソニエールの死体が発見されたことだった。 ソニエールの死体は、異様ともいうべき形で発見され、象徴学に詳しい彼の力を借りたいと、パリ司法警察中央局(DCPJ)のジェローム・コレ警部補に要請される。ラングドンがその現場で見たものは、ソニエールが自身の体を使って描いた「ウィトルウィウス的人体図」だった。 そこに駆けつけたソニエールの孫娘で暗号解読課の捜査官のソフィーは、その暗号が自分にあてたメッセージであることに気付く。ラングドンは、ソフィーと共に、ソニエールの残した暗号の謎を追い始める。
ここから、ストーリーは怒涛の展開をしていく。実際、事件が起こってから一応の決着をみるまで、たった12時間。しかしボリュームを感じさせない、凝縮した12時間だ。 殺人事件の犯人という濡れ衣を着せられるラングドン。そこから始まる逃走劇と真相究明。 誰が、なぜ、ソニエールを殺したのか? 彼が死の間際に伝えようとしていたこととは? もちろん、追っ手をかわしながら謎解きにも挑まにゃならない。事件の真相も真犯人も、すべて暗号の中にあるのだから。
それらの謎が「キリスト教会」の成り立ちに関係しているのだから、薀蓄の嵐となる。 その中心にあるのが、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会にある壁画、レオナルド・ダ・ヴィンチの描いた「最後の晩餐」だ。 イエスが12人の弟子たちに、このなかに裏切り者がいると語る聖書の一場面を描いた、有名な壁画に秘められた驚くべき事実。そしてそこから導き出される推論。このためにこそ、本書の半分が費やされていると言ってもいいだろう。 ダ・ヴィンチとダ・ヴィンチの作品にまつわる謎は、これまでにも多くの著作やテレビの特集番組に取り上げられているが、それらをどう解釈して結末へと繋げていくのかが、この作品の読みどころだ。
1099年に設立されたというシオン修道会が守ってきた歴史上有数の謎を中心に、テンプル騎士団、キリスト教会の裏の歴史、さらに、五芒星やフィボナッチ数列、黄金比に始まり、アーサー王伝説にも登場する聖杯伝説、ダ・ヴィンチの残した絵画に隠されたメッセージや、イエス・キリストやマグダラのマリアのことなど、様々な事柄に対する解釈が繰り広げられていく。 イエスはどのようにして神となったのか。新約聖書と旧約聖書の違い。教会が民衆を支配するために行った異教徒制裁とは何か。ダ・ヴィンチはそれを絵画にどうやって潜ませたのか。そして、聖杯とは何か。 象徴学と暗号学をもとに、興味深い薀蓄をどんどん繰り出してくるあたりの興奮は、難解で壮大なものであればあるほど刺激的だ。ダ・ヴィンチをはじめとする古今の素晴らしい芸術家たちに対する圧倒的な知識と、スリリングな雰囲気のなかに、いつまでも漂っていたくなる。
本書は、キリスト教文化が歴史に深く根付いている欧米ではかなりの冒涜だと相当な攻撃や反発があったらしいが、さもあらん。キリスト教の知識はあったとしても、「八百万の神」的なアバウトな宗教感しか持っていない人(私とか…)の方が、圧倒的に面白い歴史ミステリとして純粋に楽しめるかもしれない。
映画の方ももうすぐ(2006年)公開されるが、作品は映像化を意識していたのでは、と思うほど映像的だ。読んでいても、物語に唐突に挿入される回想シーンや、視点の切り替え、歴史的建造物や作品に対する描写、いかにも思わせぶりな謎掛けなど、視覚に浮かぶようだった。ラングストン教授にトム・ハンクス、フランス司法警察にジャン・レノという配役も、二人とも好きな俳優なので楽しみ。でも、なによりも注目しているのは、その舞台となるルーブル美術館の内部や教会などの歴史的建造物や芸術作品の数々。撮影許可、取れたのかな。むしろそっちに興味深々(笑)。
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