逃げるアヒル 原題 A RUNNING DUCK(1978年) |
1990年/ハヤカワ・ミステリ文庫
英国推理作家協会賞新人賞を受賞したデビュー作。 広告会社に勤めるクレアは、ある日街角で狙撃された。警察は、特定の人物を狙ったもので はなく、変質者による通り魔的犯行と判断するが、今度はクレアのアパートが爆発し、恋人 が巻き添えになって死亡する。一介のOLに過ぎない彼女がなぜ狙われるのか? やがて、 クレアのおぼろげな記憶の中から、数日前に言葉を交わした一人の男が浮上する。男は警 察が必死に追っている殺し屋だった。 元狙撃兵でサンフランシスコ市警警部補のマイク・マルチェックは、クレアの護衛にあたる が、完璧なはずの護衛にも関わらず殺し屋に侵入されてしまう。警察内部から情報が漏れて いたのだ。殺し屋を誘き寄せ、逮捕するために、マイクとクレアの逃避行が始まる。
命を狙われる女と、彼女を護衛する任務に就いた刑事、執拗に彼らを狙う暗殺者。シンプル な展開だが、スパイスを効かせて、ピリリとしたサスペンスに仕上がっている。 ストーリーに深みを持たせているのは、しっかりとしたキャラクター設定だろう。特に、ベトナム 帰還兵で元狙撃手のマルチェック警部補や、キャリアウーマンとして自立しているクレアは、 それぞれの視点からの描写の巧みさもあって、見事に浮かび上がらせている。 警察内部の密告者は誰か――サスペンスを盛り上げるスパイス効果としては使い古された パターンでもあるが、戦争の記憶と心の傷、殺し屋の行動を推理する心理戦など、女流作家 らしいきめ細かい構成や、暴力的なタッチ、ラストの森の中の息詰まる遊撃戦の最中、ベトナ ムで罹患したマラリアの発症しているマルチェックの極限の心理描写など、迫力ある筆致が 鮮烈。結末が読めていたとしても、手に汗を握る展開にわくわくする。
ちなみにスタローン主演の映画「コブラ」の原作となっているが、本作とは泣きたいくらい似て も似つかぬ作品なので、別物と思ったほうがいい。
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