HOME |  快楽読書倶楽部 | 作者別総合INDEX | 迷夢書架 | JUNE発掘隊 | 一言覚書 |



ジャック・ヒギンズ

以前、ヒギンズにはまって連続して読んだ時期があった。今回、ふとしたことから
(書棚の大整理)から再読中。
 『鷲は舞い降りた』に代表される戦争秘話物と、アイルランド紛争にからんだ
テロリストを主人公とした話の二つにわけられるが、どちらの立場をとるにしろ、
勧善懲悪的ストーリーではなく、魅力的な登場人物とその心理描写で読みがいがある。とはいえ、平凡な作品も多い(汗)。
別名義として、ハリー・パタースン、ヒュー・マーロウ、ジェイムズ・グレアムなどがある。








鷲は舞い降りた[完全版]

 ハヤカワ文庫NV


初版発行時に削除されていたエピソードを付け加えた完全版。
第二次世界大戦中の1943年、ドイツ落下傘部隊の精鋭たちが極秘のうちにイギリス東部、ノーフォークに降下した。狙いは大英帝国首相ウィンストン・チャーチルの誘拐である。
同盟国であるイタリアはすでに降伏し、ヒトラ−支配下のドイツは敗色濃いものになっていた。彼らは何を思い、不可能としか思えない任務に挑んだのか。

ナチスドイツ時代のドイツ軍は悪役として描かれがちだが、本書はドイツ落下傘部隊の隊長クルト・シュタイナ中佐を中心に物語は進行する。もちろん作中にナチスを支持するようなところはない。シュタイナは人間味があり、統率力のあるカリスマとして描かれている。
人は、国家や組織、そして運命に囚われ、戦争に対して疑問を持ちながらも、その巨大な渦の中に身を置くしかない時代である。
シュタイナもまた、支持しているわけでもない上層部の命令に従わねばならない矛盾に悩みながら、それでも立場の問題からドイツ軍人として戦っており、シュタイナ自身が感じているように、すでに何をしても何も変わらないであろう情勢の中で任務に臨んでゆく。
そんな彼の男気に惚れ、彼のために命を投げ出すことも厭わない個性的な部下達は、ただ作戦というゲームを実行するためにその持てる全てを出し尽くし、それぞれの立場で戦う。

破滅に向かおうとする暗くなりがちなストーリーをエンタテインメントに仕立てているのは、なんといっても登場人物の魅力だ。イギリス人に憎悪を燃やす女スパイのジョウアナ・グレイや、彼女の仕事を手助けするためにイギリスに潜入する陽気で皮肉屋のリーアム・デウリン、彼に恋する村の娘モリイ・プライア、そして今回の作戦の立案者であり、反逆罪で逮捕されたシュタイナの父親を救うべく奔走するマックス・ラードルなど、とにかく、みんながみんな魅力的なのだ。その心理描写、随所に散りばめられたユ−モアが物語の魅力を更に盛り上げている。

「かりに成功した場合、今度の作戦でイギリスからなにが引き出せるか、
教えてあげよう。ゼロだ、無だ!」

作戦の無意味さを誰よりも知悉していながら、たった一人になっても戦い続けるシュタイナ。その気高く、そして不器用な生き様と、終幕に著者によって仕掛けられたどんでん返しに人生の皮肉を感じる。

余談だが、後のヒギンズの作品で活躍するリアーム・デヴリンの恋は初々しく、その純情っぷりに涙する。彼はこの恋を一生引きずることになるのよねー。


尚、1991年に本書の続編『鷲は飛び立った』が長編50作を記念して発表されている。
死んだ筈のシュタイナ中佐が生きて捕虜となっているという設定で、彼を救出すべく、リアーム・デヴリンが暗躍する。個人的にはエンタテインメントとして面白い作品だと思うが、ファンの間では評価が分かれているらしい。


Amazon楽天






テロリストに薔薇を

 1982年/ハヤカワ文庫


KGBの命を受けて破壊活動を繰り返すテロリスト、フランク・バリイ。彼の暗殺を決意した英国情報部は、その実行者にバリイのIRA時代の戦友ブロスナンを選ぶ。だが彼はフランスの警官射殺の罪により、絶海の孤島で終身刑に服していた。釈放を条件に暗殺を請け負わせるべく、情報部IRAを引退したリーアム・デヴリンにブロスナンの説得を依頼するが…。『鷲は舞い降りた』のデヴリンが再び活躍するヒギンズの傑作長篇。 (カバーより)

ジャック・ヒギンズ作品初期の傑作。
『鷲は舞い降りた』から歳月を経て、この物語で再登場するデブリンは61歳。すでに髪に白いものがまじり、IRAからも離れ、母校トリニティ大学で教鞭をとっている。今なお、アイルランドの独立を支持しているが、10年間のIRAの戦いの中で流されたおびただしい人間の血のことが深い心の傷となっている。また、マーティン・ブロスナンもデブリン同様、狂信的テロリストに堕落したバリイの爆弾闘争には以前から批判的な立場をとっていた。

マーティン・ブロスナンもデブリンも、血を流すことがいかに無益であるかに気づいている。

「…この世の中に、人間一人の命に値する大義があるかどうか」

デブリンはそう呟きながらも、ブロスナンの脱獄を手伝い、二人でバリイを追い詰めに行く。

ストーリー全体は恨みを孕んだ空気が漂うように進展していくが、どんでん返しからラストに到る流れは意外なほど爽快。
本書のタイトルの意味は、マーティン・ブロスナンが、厳戒態勢の敵側の将軍や、当時のアルスタ首相、北アイルランド担当相の部屋に侵入し、敢えて机の上に一輪の薔薇の花を置いて去るという行為から。彼が最後の薔薇を置いた場所――そこにヒギンズのロマンチシズムが凝縮している。


閑話休題――以下BLな話題なので苦手な方はすっ飛ばすこと(^^;
9年ほど前に某サークルさんの同人誌の影響で、トニー・ヴァリアーズ×ハリィ・フォックスにハマったのが、この本を読むきっかけとなった(ミーハーなんです、私)。
実はとても地味な役どころで、さらりと読み飛ばされそうな二人であるが、その経歴はなんとも美味しい。←無論、私の中ではその同人誌の二人が影響している。
で、どんな二人かというと、
■トニー・ヴァリアーズ…准男爵にして近衛歩兵第一師団、SAS、情報四課と三つのポストを掛持ちするおイソガ氏。『エグゾセを狙え』でヒロインを務めるガブリエル女史の元夫…つまりバツ1。3度の戦功十字軍受賞する超エリート。
■ハリィ・フォックス…母が生粋のアイルランド人で自身もウェールズ出身で、英国とアイルランドの関係を考えると非常に不利であるにも関わらず、現在は情報四課の大尉…これだけでも曰くありげ。情報四課の責任者であるファーガスン准将の補佐官。近衛騎兵隊在籍時にIRAの爆弾テロに遭い左手を失ったため、左手は精巧な義手。この経歴から想像するに、「優雅な外見」とは裏腹に肝っ玉は太いようだ。

二人は本書『テロリストに薔薇を』のほかに、『エグゾセを狙え』『黒の狙撃者』に出演している。設定ではかなり陰影に富んだキャラクターなのに、ほとんど活かされていないのが残念。
尚、トニーは『地獄の季節』にも登場するが性格がほとんど別人と化しているうえに、ハリィに至ってはチラリとも出てこない……(ガーン)
それでも読み始めると中々止められないのがヒギンズの魅力でもあるのだった(笑)。


Amazon






CAFE☆唯我独尊: http://meimu.sakura.ne.jp/