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「聖骸布血盟」フリア・ナバロ
「黒い夏」ジャック ケッチャム
「憐れみはあとで」D.E.ウェストレイク







憐れみはあとでD.E.ウェストレイク

1981年11月発行/早川ミステリ文庫


看守を殺して精神病院を脱走したその男は、他人になりすますことにかけては天才的だった。追手を恐れる彼は、殺した相手の持物を奪い、俳優として片田舎の劇場に潜り込んだ。並外れた知能を持ちながら才能が認められず、ついに発狂したという哀れな男─だが、殺人鬼を野放しにはできない。大学教授でもある警察署長ソンガードは、彼の心の動きをつかみ、次の犯罪を防ごうと必死だった。しかし、俳優たちの誰が常人を装った殺人犯なのか? 鬼才ウェストレイクが大胆な手法を駆使して多重人格者による異常な殺人を描く、戦慄のサスペンス篇!(本書カバーより)

今でいうところのサイコ物。発表は1964年。
初めて読んだとき、すごく新鮮さを感じて、何度となく読み返した覚えがある。久し振りに本を開いたら一部ページがバラけていた…かなりのお気に入りだったらしい(その辺りは覚えていないのだけど)。今になって再読してみると、この時代にすでにこの手の作品が描かれていたことが驚きかもしれない。
映画『イヴの三つの顔』が何度となく出てくるので調べてみたら、この映画の制作は1957年。アメリカでは解離性同一性障害(多重人格者)という症例がすでに認知されてはいたが、理解にはいたっていない、という状況で書かれたのが本書らしい。

物語は、犯人、警察署長のソンガード、犯人の治療に当たっていた医学博士の視点から書かれ、医学博士に対する犯人の歪んだ憎しみと恐れから、犯罪が重ねられていく。
まるで水を得た魚のように、生き生きと他人を演じる犯人が、深奥に抱える罪の意識。
「殺したくないのに」と、彼の本能は助けを求めている。
犯人のそんなメッセージを感じながらも、誰も彼を救えない。連続殺人犯という言葉が持つイメージとは、何かそぐわない孤独な魂が哀しい。犯罪は確かに憎むべきものだが、犯人の心情を理解し、同情する警察署長の視点がいい味を出している。
劇団関係者の誰が犯人かが解らないあたりがサスペンスではあるものの、犯人探しの物語ではない。時代を先取りしすぎたためか、今のサイコ物と比べると少し物足りないかもしれないが、切り口は鋭い。

本書は絶版なので入手困難。おそらく狂人が主人公であり、今では翻訳の中にに不適切な言葉も使っているためと考えられるが、面白い作品だけに残念。

作者D.E.ウェストレイクは、ドナルド・E・ウェストレイク(映画『ビッグ・マネー』『グリフターズ/詐欺師たち』などの原作)、『悪党パーカー・シリーズ』のリチャード・スターク、『刑事くずれシリーズ』のタッカー・コウなどの別名義で多くの作品がある。






黒い夏ジャック ケッチャム

2005年6月発行/扶桑社ミステリー


1965年夏、ニュージャージー州の保養地スパルタで、地元の不良青年レイはキャンプをしていた二人の女子大生に向け、面白半分に発砲した。一人はその場で絶命、もう一人も意識不明のまま四年後に死亡した。1969年夏、中年刑事チャーリーはこの事件の再捜査を決意し、レイに圧力をかけて新展開を図ろうとする。麻薬とセックスを生きがいとする鬱屈した若者レイは、追い詰められた末に…。人間の極限状況をえぐる鬼才ケッチャムが描く静謐にして壮絶なサイコスリラー。(BOOKデータベースより)

ベトナム戦争、シャロン・テート事件が起こった60年代のアメリカの田舎町が舞台。当時少年だったレイが無邪気に少女の頭に銃をブチかますという、衝撃的なシーンから物語が始まる。
人間の残忍さや卑劣さといった負の部分を、「これでもか」というほど見せつけられる。率直に言って救いのない作品。それなのに最後まで一気に読ませてしまう不思議なパワーがある。

レイの狂気には、生い立ちや成長過程との因果関係や原因は提示されていない。彼はアメリカの田舎町の普通の家庭に生まれ、不良仲間ではあるがそれなりに友人もいる。つまりレイは、何の脈絡も理由もなく、突然現れた狂気のようなものだ。いわば、からっぽの人型の中に災厄だけが詰まっているようなものと言ったらいいだろうか。
そんなレイに関わり巻き込まれる人々のそれぞれの視点で描写されていく。人々は、レイの暴走する狂気の原因を考え、しかし困惑するしかないのだ。

短気で偏執的、女と麻薬のことしか頭になく、プライドばかりが異常に高い――歪なレイの内面を積み重ねるように、丹念に描写される。物語が進むに連れ、じんわりと彼の狂気が滲み出してくる様子に、ひどく緊張させられ、読者のストレスと不安を煽っていく。たぶん、このじわりと迫ってくる緊張感と迫力が、ケッチャムが好きな人にはたまらなく癖になるのかもしれない。しかし、この本はR15に指定してもいいんじゃないかな?

補足:著者のミスか訳者のミスかは不明だが、登場人物の名前の書き間違い(誤植ではない)が私が気がついた分だけで4箇所ある。
P229 1行目のレイ(誤)→ティム
P281 10・11行目のティム(誤)→レイ
P396 12行目のレイ(誤)→ティム
P475 10行目のレイ(誤)→チャーリー
ストーリーの前後関係で正誤が分かるものの、その都度、読み手のリズムが乱されるのが残念。



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聖骸布血盟フリア・ナバロ

2005年9月発行/ランダムハウス講談社文庫


キリストの聖骸布が保管される、トリノ大聖堂で火災が発生。焼跡から発見されたのは、“舌のない男”の焼死体だった。その2年前同じ聖堂で逮捕された窃盗犯にもやはり舌がなく、指紋もすべて焼かれていた。美術品特捜部部長マルコは、二つの事件の関連を疑い捜査に乗りだす。だがこれは、やがて世界を震撼させる恐ろしい陰謀劇の序章にすぎなかった……。聖骸布をめぐる謎と歴史のうねりが織りなす、歴史ミステリ巨篇。(「BOOK」データベースより)

物語は2つの軸によって構成。トリノ大聖堂を舞台に起こった現代の事件と、2000年前のイエスの時代に始まる聖骸布の歴史を交互に描かれていく。
「聖骸布」とはキリストが十字架刑に処せられたあと、遺骸を包むのに使われた亜麻布のことで、キリストの磔刑の姿を投影しているという。
1988年10月13日に炭素14による年代測定で、「聖骸布の布は1260〜1390年の間のもの」という結果が発表され、世界に衝撃が走った。バチカンもこれを否定していない。しかし、この亜麻布には科学的分析では解明できない謎が多くある。→【トリノの聖骸布】
この聖骸布には奇跡を起こす力があるという伝説があり、中世以降、ヨーロッパ諸国では聖骸布を占有するための争奪戦が何度となく起こっている。
その過程で登場してくるのが、聖地エルサレムを奪還し、キリスト教国を打ち立てたという、あの伝説のテンプル騎士団だ。ソロモン神殿跡に本拠地を定め、イスラム教への理解も深く、西欧に初めて近代的な金融機構を導入したとされるテンプル騎士団だが、その実体は謎に満ちており、多くの伝説が残されている。→テンプル騎士団
本書では、テンプル騎士団の謎とされる部分と聖骸布の謎を、ある程度まで史実と重ね合わせながら、筆者は大胆な推理でその謎を解き明かしていく。

2つの時空で構築されてきた物語は、やがて現代の事件へとひとつに収束していく。
過去の彼方から現代に連綿と続く人間の営みと精神の繋がり。そして、この先も続いていくであろう歴史の壮大な時の流れに思いをはせる。歴史ミステリの楽しさはここにある。
ただ、それらの謎に迫る美術品捜査部が歴史の重みに霞んでしまったのが、ちょっと残念。



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